業務のIT化を進める過程では、既存の情報を新しいインフラ上に移す必要が発生し、何らかの整理と一元管理をしたくなります。「モノ」と「情報」が混在する過渡期の管理方法は誰もが悩むところで、几帳面な職場ほど陥る失敗もあります。
前職の経験から有用だった情報管理の1つのメソッドを紹介したいと思います。
現場あるある
以前の職場で全社的にGoogleApps(後のG Suite、現在のGoogle Workspace)が導入されたとき、これを活用した業務効率化が奨励されました。
Google Workspaceは企業の規模を問わず多くの職場で導入されている、見かけはシンプルにみえて大変強力なツールセットです。GmailやGoogleカレンダー、Googleドライブは言うまでもなく、共有ドキュメントや共有シート、Google+というコミュニティ、GoogleサイトというWebページなど、どれをどう使うと業務課題に最適なのか、各職場で試行錯誤が始まりました。
創業当初からこうしたツール前提で業務設計された新しい会社でない限り、膨大な既存文書が、印刷物(押印の必要な書類や配布物)や電子ファイル(ワードやエクセルなど)で混在しているはずです。印刷物は個人がデスクに持っていたり共用棚にあったり、書庫に退避されていたりで、目録作成だけで大変。電子ファイルすら、それ以前に稼働していた社内サーバーのどのディレクトリにあるのか、PCのローカルストレージやバックアップメディアにあるものなど、トレースも大変になっているでしょう。
そこに新しいツールが導入されてドキュメントやシートの共有・共同編集が非常に便利になり、Googleドライブにも毎日の業務で続々とファイルが作られていきます。ただでさえ散在している情報の把握・管理のプレッシャーから、「一元管理しよう!」という声が出てくるのではないでしょうか?
日頃の5S活動(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)が定着している職場ほど「全部電子化してGoogleドライブに集約しよう!」になったりします。
ただ、そうした大がかりな活動は挫折が多く、コスパも悪いのでお勧めしません。
一元管理の難しさ
一元管理への移行が挫折する原因は「立ち上げの大変さ」と「継続の難しさ」です。
1.膨大な移行作業がある
・既存の印刷物をスキャンしてPDF化する作業
・既存の電子ファイルを別の場所からコピーする作業 (二重管理の問題も起きてきます)
2.保管場所のルール策定が大変
・理路整然としたファイル保存の階層構造を作る作業
・階層構造に対するセキュリティー設定などの作業
3.状態を維持するための仕事が増える
頻繁に追加スキャンやデータ複製、ツリー構造の再配置と拡張等々が発生します
4.分類不明のもの(ルールのあてはめに悩む)、共有できないもの(借用物やサンプル品・・)など現実にはイレギュラーが多い
もともと業務資料の多くは自分たちが都合よく作るものだけでなく、部外・社外からも様々な形態、ルートで入ってきます。移行作業をしている最中にもやることが増えていきエンドレスですが、仮に短期集中で一時的に管理状態がつくれても、日々の業務の中で手を動かしながら維持していくのは想像以上に大変です。
私のグループも一度は棚にあるバインダーを全部スキャンして一元化する案を検討しましたが、計画作成段階で考えを変えました。(後述)
モノと情報の性質の違い
5S活動で威力を発揮するものに三定管理があります。
決まったものが決まった位置に決まった数ある状態を見える化する管理方法で、例えば、工具の輪郭が棚板の上に描いてあって、だれかが持ち出していたり紛失していると、見た瞬間に把握できて効果絶大です。
モノの場合はこのように「物理的に」整理して「視覚的に」確認できることがとても有益です。
一方、情報の場合は違った発想が可能です。
本物の棚の様にフォルダの階層をきっちり定義し、あるフォルダを開いたら分類対象のファイルがきれいに並んで見える、という必要はあるでしょうか?
例えばフォルダには、予算管理別、技術テーマ別、製品別など複数の切り口があり、製品別に分けたら技術テーマはバラバラ、技術テーマで分けたら予算では分類できないわけで、リンクをはったりタグをつけたりと工夫が必要になっているはずです。
これを解決する鍵は「検索」です。
昔のポータルサイトは物理的な整理の時代のカルチャーが残っていて、大分類から詳細分類まで階層化されたインデックスページがあり、そのキーワードをたどって欲しい情報にアクセスするスタイルでした。途中の選択を間違えると思ったところに辿り着かなくて苦労したものです。
その後、Googleが登場し、何でも検索窓でググる時代になりました。
「物理的に整然としているか」と「情報として整理されているか」は別の話になりました。
情報の物理的配置がどこにあるかは関係なく、検索して見つかるかがが大事で、検索可能なら整理されているのと同じと考えられます。
(実際、Googleのサーバーの中にはどのように情報が整理されて入っているのか?なんて気にする人は誰もいませんね)
検索による管理へ
紹介するメソッドでは、「物理的に」整理することはせず、必要なものがどこにあるかを検索できるようにします。具体的には、
- Googleサイト「在処情報サイト(仮称)」を作りブログのような投稿形式にします。
- 何がどこにあるか、をメンバーが次々と投稿することで在処情報を貯めます。
- 探したい情報は、このサイトの検索ボックスを使って在処情報を引き当てます。
下記の特徴をもつツールがあればGoogleサイトでなくても同じことができます。
・データセットをメンバーで共有できる。
・新しい情報をメンバーが簡単に追加できる。
・溜めた情報に対して検索ができる。
これを運用するための簡単なルールを作りました。
- 探し物があるときはまず在処情報サイトで検索してみること
- 自分が探し物をしたら結果をメモとして投稿しておくこと
投稿内容:何がどこにあるか、検索する人が使いそうなキーワードを並べて書いておく
こんな感じです。
投稿名:「モデルABC007の操作仕様書」 最新版の仕様書 https://xxxxxxxxxxx/xxxxxxxx/abc007_gui_rev03 レビュー結果 https://xxxxxxxxxxxxxx/xxxxxxxxxxxxx/yyyyyy.sheet 画面仕様、デザイン、操作フロー図、....
投稿名:「測定器レンタルの手配方法」 業務マニュアル https://xxxxxxxxxxxx/xxxxxxxxxxx/xxxxxxx.html 予算管理シート https://xxxxxxxxxxxx/xxxxxxxxxxx/yyyyyyy.html D社、E社のカタログは共用棚A-3の上段にある 緊急で必要な時は事務のSさんに相談する(内線:nnnn) レンタル機材、見積、発注、…
何も情報がない状態で使い始めるのは難しいので、最初だけは何人かで集中して100件ほど投稿サンプルを兼ねて情報をエントリーしました。この初期値は職場の規模や職種によって変わってくると思います。
社内Webサービスへのリンク、開発中の製品ごとのGoogleドライブのフォルダ、データ共用サーバーのディレクトリ、オフラインのバックアップの保管先、書庫の棚番号、庶務担当者の名前と内線番号、資材倉庫の写真、GoogleMapの地図等々、有用と思えるものは何でも在処情報として採用しました。
どうなったか?
立ち上げ直後は有難みがありませんが、蓄積数が100件を超えて200~300件あたりから、明らかにみんなが「使える!」と手ごたえを感じ始めました。同じものを何度も探すことはよくあり、繰り返し他人に聞くのも聞かれるのも非効率ですし、情報を増やすことは自分のためにも他のメンバーのためにも役立ちます。
有用性を自分で実感すると参加率・貢献度も向上し、検索利用数・投稿数ともに伸びていきました。
必要情報のある場所は散在していましたが、一か所で検索できることで、実質的に不便はなくなりました。なにより、仕事中に横から割り込んで聞く、聞かれる、メールで質問する回答を返す、そうした手間とストレスの削減に大きな効果がありました。
やがて情報の在処だけではなく、自分が他の人からよく聞かれるTips(ツールの操作方法など)そのものを投稿する人も出てきます。わざわざ別の場所にTips置き場をつくってその場所を投稿する手間をかけるよりも、楽して役立つならアリだね、となっていきました。
所在の管理を効率化するために始めたものが、日々のロスタイム削減のツールになっていきました。Googleサイトの場合はAnalytics(いつどれくらいアクセスされたか)を見られるので、何度も検索される情報が分かり、どういう情報が有用かも傾向としてわかります。投稿の多い人と少ない人が偏ったり、キーワードの付け方にセンスの良し悪しがあったりしますが、とやかく言わず気付いた人が手を動かせば良いのです。
数年を経て旧インフラの情報へのアクセスは減り、移行後のインフラで業務が回るようになっても在処情報サイトは業務効率化のツールとして機能していました。
このサイトは特別な管理者が不要で、メンバーが対等に最低限のルールを守るだけで(誰かにしわ寄せすることなく)継続・発展できる点が良かったのだと思います。
また、実際に必要だったものしか情報登録しないため、一度も必要のなかった旧資料などにかける手間がゼロなのもコスパが良いところです。
予期せぬ効果
不思議なことに、机の上に書類を積み上げていた人たちの机がきれいになりました。
急に必要になったときに見つからない不安が、コピーを捨てられない、目の届く手元に置いておくので積みあがる、という悪循環になっていました。いつでも要るときにオリジナルが見つかる安心感から、無駄なものを思い切って捨てることができ、机の上の物がなくなってすっきりしてしまったのです。
情報を整理するとモノも片付く、という驚きのオチでした。
シンプルな施策でしたが、困難な目標を立てて挫折するグループが多かったなかで長く継続的に機能するツールとなり、社内イベント”Google Festa”(参考記事)においても「ネット時代の特徴を活かした効率化の事例」として多くの方から参考になったと好評を頂いたものでした。
IT化が早かったところでは、さらに新しいコミュニケーションツールで効率化済みかもしれません。
しかし移行段階の課題が解消していない職場もまだ多いのではないでしょうか。
1つの事例として参考になれば幸いです。
以上
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