コンパクトデジタルカメラ(コンデジ)末期になって自社製品の年間販売数の予測方法が見つかり施策に活かせた経験があります。
時すでに遅しの感がありましたが、そこで得た一番大切な気付きは何だったでしょうか。
在庫削減に苦しんだコンデジ末期
コンデジの末期、販売量の下ブレは悩みの種でした。
後から見れば市場成長が止まってシェアを争う競合環境であり、急回復は期待できないのですが、ヒット商品が出れば市場の伸びしろはまだあるのではないかと希望をどうしても捨てきれませんでした。
市場規模もそれなりに大きくメーカー各社1千万台超の規模感で生産調達が走っており、上下どっちにブレてもアテが外れると痛いことになります。
事業利益拡大を求める経営陣からのプレッシャーから販売目標を強気に掲げれば、供給未達による機会損失を恐れて過剰在庫になる、ディスコン部品の買い溜め後に生産下方修正で部品在庫が残る。
開発計画中の機種数に対して各国販社のフォーキャストを積み上げても目標値に届かず、新機種を増やしても結局は損益悪化につながる悪循環がありました。
大企業病あるあるは、各部門は責任を負いたくないから全体最適にならないこと。
年度計画で掲げた販売数が難しくなっても営業部門は何としても売る言い、白旗は上げない。
売ると言っている以上、生産部門は要求数量を生産するし、生産計画が変わらないければ調達部門は必要量の部材を買わざるを得ない。サポート部門のリペアパーツの先行手配は販売計画を根拠にせざるを得ない。
もし本当に売りが挽回したら、自主的な判断で削減した部門は説明に窮してしまいます。
かくして・・・裸の王様は裸のまま行進を続け、恐れたとおりに残材が出ます。
バリューチェーンにいる誰もが在庫削減の必要性を思いつつ、合意して「削る」リスクをとることが難しい状況でした。
販売数量を予測せよ
市場が拡大しているときは開発も生産も追い立てられるようにして、創って作って売る、で良かった。
デジタルカメラは単にフィルムカメラの置き換えではないデジタル機器としての可能性を各社模索し、前年までなかった新しいシリーズがニーズの発掘に成功すると急に売りが伸びたり、競合メーカーが突然処分販売を仕掛けて売りが止まるなど、何が起きるか分からない市場環境が10年ほど続きました。
予測困難なのが当たり前だと思っていました。
そんな時期を経てきたので、市場成長が止まって潮目が変わっても、発想をリセットできなかったところがあります。
設計部門でデータ分析して販売予測できないか?
そんな話が出たのは、私が企画部門からR&Dに戻ってソフト開発をしていた2013年、既に市場縮小が鮮明な時期でした。
毎年同じように下振れするなら、それは予想できるのではないか、という事です。
世間では「ビッグデータ」という言葉が言われ出していました。
下記CIPAグラフの改造図(再三の引用で恐縮です)に印をつけたタイミングです。
一番の引き金となったのは全社的な在庫削減の圧力で、デジカメの事業部も厳しい目を向けられていました。徐々に改善はしていましたが、先述のように各部門が内心では下振れを予想していながら年度目標の数字を変えずに突き進む限り、壁があります。
製品寿命一年のコンデジの年間販売数量(企画ロットではなく実際の生涯ロット)がもし予め分かっていて、各部門が正直にそれに合わせて動くなら、バリューチェーン通して膨らむコストが削減できるのが道理です。
とはいえ・・・製品開発が本業の技術部門でそういう脇道案件に時間を割いても評価されませんし、まして成果物がちゃんとできる設計案件と違って、徒労に終わる可能性大です。
副業に取り組んだ物好きは、私を入れて二人だけでした。
もう一人がCIPA統計など市場データから自社成績の関係を先に調べてくれていたので、私は販促効果や前年比など自社データ自体を掘り下げる方向で模索しました。
驚きのパターン
営業メンバーにデータをもらいつつ意味を読み解くためにヒアリング。
商品企画マネージャー時代の経験もあるのでどんな外乱要因があるのかある程度は察しがつきます。
国内の月度の推移をみると、大手量販の商戦期や自社の販促キャンペーンなどの影響ででっこみ引っ込みします。海外の販売は地域ごとに導入月度が違っていたり、販売チャネルがまるで違っているので、どう比較していいのか悩みました。
他社の動き、需給、スマホの浸食など、ファイブフォーシーズの影響はどうするのか・・・
結局のところ、細かい事情を考慮することがノイズとなって問題を難しくしていました。
試行錯誤した結果分かったのは、ほとんどの機種の通年の累積販売数量グラフが対数曲線で近似できることでした。
月ごとにみると細かい変動要因、事情があって上下しても、年間総ロットにむかって決まったパターンを描く。地域(主に国)によって当該機種の導入時期が違っても頭出しを揃えて合算すればほぼ同じ。
つまり単純に発売時点からの販売実績データだけ追えばよかったのです!
ある例外(後述)を除き、薄型コンパクト、防水モデル、標準タイプ、ロングズームタイプ、みな同じで過去2年分のデータも同様でした。
この結果には本当に驚きました。
Webのアナリティクスでデータ分析の重要性は認識していたのですが迂闊でした。
エクセルによる回帰曲線の適合度は、ほとんどのケースで R²=0.95以上です。
売る前から何台売れるか?は分からないものの、一旦売り出せば早い段階で着地点が見えていたのです。
そこでその年に発売したとあるコンデジのデータに当てはめてみました。
その機種では導入から既に数ヶ月経過しており、上のグラフが生産量、下のグラフが販売実績です。
販売の下振れに加えて、売りを挽回する前提で作り続けたので生産と販売が乖離しています。
大きな問題はこの時点で、既に生産数量が生涯販売数予測に達していることでした。
すなわち、これ以上作ったら余るだけ・・・
今すぐ止めろ!
という事を示していました。
発売後3ヶ月の販売推移が高確率で生涯ロットを示唆することが事業部の経営会議を通じて各部門へフィードバックされ、生産、調達、サポートの発注の見直しなどに寄与しました。
なぜこのパターンなのか
ひとまず使えるスキームを提出したことで、検討は深追いせずに打ち切り解明できていません。
いろいろ疑問は残りました。(個人的には興味深いテーマでしたが・・・)
- この予測が成り立つのはなぜなのか
- いつからそうなのかいつまで通用するのか
- 当社製品固有なのか他社も同じなのか
- 類似した他ジャンルの製品はどうなのか、等々
いろいろ想像はできると思います。
2010年頃から製品ラインナップが固定化し、既存市場ではコモデティ化が進み新興市場へはスマホが拡がっていました。メーカー間のマインドシェアも大きな変動がなく買い替え需要に頼る部分も多くありました。
となると、新製品を出しても客層は拡がらなくて、新製品好きなロイヤルカスタマーから順に購入し、累積販売数が延びると残りの潜在顧客=買ってくれそうな人が減っていくからでしょうか。
類似のモデルを解明済みの方がいらしたら、ぜひ教えて頂きたいです。
例外だったのはレガシーな趣味層に振った高級一体型カメラX100です。
それまでのコンデジとは方向性も客層も違ったため、じわじわと売れていてパターンに当てはまりませんでした。その後のXシリーズの躍進を考えると、そんなところにも兆候は現れていたのだと思います。
残念ながら2013年末には、スマホへの流れは変えられないとして、富士フイルムは(一部を除き)コンデジからの撤退を発表、折角のパターンが有効活用できたのは1年程でした。
パターンは市場衰退期の数年間特有のものだったかもしれません。
データの説得力
予測はファクトではありませんが、全員が共有する実データに基づく予測には説得力がありました。
生産キャパの小さいある新機種が発売から2~3か月後に欠品する見通しが出て、設備を増強してラインを増やし準備量を増やす話が出ました。できれば投資は抑えたい。
販売側からの要望数量が3ヶ月同じペースになっていたためで、パターンに当てはめ直すと、増設しなくても欠品しないことが予測されました。しかも設備はその時期を過ぎたら不要になります。
すぐに双方のマネージャーに確認をお願いし、営業部門は生産申込みを見直して削減、生産側も投資せずの判断で動いていました。
いずれにせよロスコストを回避できたのは嬉しかったですね。
当然のように、欠品は起きませんでした。
ビッグデータの時代へ
振り返ればデータサイエンスの潮流が加速していった時期でした。
2014年にはビッグデータやグロースハック(マーケティングとプロダクトをデータ分析によるフィードバックループで急成長させる)が大きな話題になりました。
社内もビッグデータ時代をにらんだ社長直轄の全社DX準備活動が立ち上がり、運よく電子映像部門代表で私が構想立案に参画できたのはそんな流れからでした。
2016年にはGoogleがTensorFlowβ版を公開してAI活用が広がり、AIエンジンがクラウドサービスとして提供されるようになりました。その翌年、データから学習して囲碁するAIのGoogle AlphaGoが世界トップ棋士に全勝したのも衝撃的でした。
あのエクセルを手で操作して試行錯誤した販売予測からわずか数年後には、AIで分析する時代になってしまいました。
今では、Amazon、Microsoft、Google それぞれ使った分だけ課金するクラウドでAIを提供し、どう活かすか学習データ次第、一個人でも使うことができます。
あの当時のデータを機械学習させたら、何が分かるんでしょうか。
隠れていた真実があるのか?興味は尽きません。
因みに、ビッグデータやAIを想定した全社DXの始動タイミングが絶妙だったのは、その後の展開を見ても富士フイルムという会社のしたたかさ、と言えましょう。
振返ってわかること
この経験の最大の学びは何だったでしょうか。
データ分析力の強化の必要性でしょうか。
予測データが生産性を上げることでしょうか。
データは組織を全体最適に導くことでしょうか。
どれもありますが、一旦データから離れて俯瞰してみたとき、気付くべき最大の教訓は
問題を上流で捉える意識を持つ
ことではないでしょうか。
最初の3ヶ月と総ロットから回帰曲線で予測する手法は好評でしたが、様々な課題に対してデータ予測は手段のひとつにすぎません。
大事だったのは予測方法の発見ではなく、最初の「問い」=「販売数を予測できないのか?」です。
実は皮算用の計画に引っ張られて各部門長が他責で最適化しないことに立腹した設計部門長が、配下の役職らに相談したことが発端でした。
様々なところにロスコストが発生している、売りが下振れるからだ、なぜ下振れるのか?
約束通り売らないのが悪い、ではなく、去年も同じなら予測して対処できないのか?
信頼できる予測が立てば足並み揃えて合理的な手が打てる。
データ分析が話題だが、そういう予測が出来ても良いのではないのか?と。
私はその問いに応えただけでした。
なぜもう少し早く自分がそれを問わなかったのか、残念な思いです。
いくらAIでデータ分析できるようになっても、最初の問いが無ければ始まりません。
俯瞰して上流で課題に気付いて言語化する。
手段がどう高度化しても、そこが大事なことに変わりはありません。
以上
販売予測の当時にこれらを読んで大いに影響を受けました。
「ビッグデータの衝撃 /東洋経済新報社2012/7/12」 城田 真琴(著)
エクセルの試行錯誤で分析した時代が終わることを感じました。もう10年経つなんて・・・
「グーグル、フェイスブック、グリー、モバゲー。ネット業界を席巻する企業に共通する成功要因は、「ビッグデータ」活用だ。ビジネスを劇的に変えたこの概念を、第一人者が詳しく解説。」
「グロースハック 予算ゼロでビジネスを急成長させるエンジン 2014/4/10」 梅木 雄平 (著)
当時グロースハックも大きく話題になりました。
新興のIT企業が従来の企業とは異次元の成長をする秘密は成長のカギとなる境界条件をデータ分析で見つけ出してフィードバックループをまわすこと。刺激的でした。
「データの見えざる手: ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則 /草思社2014/7/17」 矢野 和男(著)
「人間の活動は、分子の熱運動と同じ法則に従っていた
人間活動の「効率」は、熱力学の「熱効率」の式で記述できる」
人間の無意識な活動と起きている現象との関係をデータ分析で解き明かす、これも衝撃的でした。職場でも話題になりました。
バイブル的な本でした。
「ソーシャル物理学:「良いアイデアはいかに広がるか」の新しい科学 /草思社2015/9/17」 アレックス・ペントランド((著)
「組織の“集合知”は「つながり」しだいで増幅し、生産性も上がる。集団を賢くする方法が、ビッグデータで明らかに!
のべ数百万時間におよぶ社会実験のビッグデータから、「人間の集団」がもつ普遍的性質を解明。社会科学と人間理解に革命を起こす画期的研究を、第一人者が綴る。」
あれ?と思いました。矢野さんの本の後に出版されていますが、読んでみると実は、矢野さんの研究もその着眼点となった源流の研究があって、それがアレックスペントランドでした。
データサイエンスでありながら人間への深い洞察に満ちています。
“データが示す驚きのコンデジ販売予測が教えてくれたこと” への1件のフィードバック