ウクライナはなぜ穀倉地帯なのか~農業DXへの期待

ウクライナへのロシアの侵攻が収束する気配を見せず重苦しい日々が続いています。
ウクライナについて、世界有数の穀倉地帯であることが再三取り上げられていますが、どうしてその穀倉地帯になったのかを、3年ほど前にある研究者の本で知りました。
とても興味深かったので概略を紹介をしつつ、ウクライナはその先どこへ向かうのか考えてみました。

まずは「土 地球最後のナゾ~100億人を養う土壌を求めて~ (光文社新書)」、将来の食糧危機を救うため、世界中を回って土をほじくり返し、100億人を養う農業が可能な土を見出すべく、土の成り立ちと持続的な利用方法を研究する農学博士の著書から。

そもそも「土」とはなにか

学術的定義によると、土とは岩の分解したものと死んだ動植物が混ざったものを指すそうです。
え?そうなのかー、と軽い衝撃を受けました。つまり「土」は地球上にしかないのです。
月の砂漠はまだしも、火星の土で植物は育つのか?という世間一般的な疑問は、問い自体が間違えていることになります。地球の生命誕生からの長い歴史を通して蓄積された資産が大地の土になり、それが食物連鎖を支えている、その壮大さを知ると、火星のテラフォーミングって果てしない話だなと思ってしまいます。
因みに、もし地面のある系外惑星に何らかの生命がいたらその星の「土」が存在するはずですが、地球上の生物とエネルギー変換の原理が同じでない限り、同じ「土」とは呼べない(土として利用できない)だろうなあ、などと想像が膨らみます。
地球は岩石惑星なので、生物活動や水がある限り、浸食作用で岩から土は生まれ続けます。
場所によって材料やプロセス、生成の速度、消失の速度が違うため、世界には様々な土が分布しています。

地球上の土は大きく12種類(しかない)

昆虫75万種、植物25万種に相当する土の分類はどれほど多種多様なのかと思いきや、なんと12種類というので驚きです。詳細は割愛しますが、下図参照ください。

「土 地球最後のナゾ」藤井一至著 P.51 図21を引用

これらが世界地図の中にそれぞれ分布しています。
例えばチェルノーゼムのあるハンガリーやウクライナ、永久凍土のシベリア、砂地の土のポドゾルのエストニア、フィンランドは泥炭土の沼地と未熟土の岩がちの土地、といった具合。因みに、泥炭といえばウイスキー好きはスコッチのスモーキーな香りを連想してしまいます。これもスコットランドの土地の特徴ですね。
農業の成否を決定づけるのは土であり、12種類のうち肥沃な土壌と呼べるのは、チェルノーゼム(最強)、粘土集積土壌、ひび割れ粘土質土壌のみで、これらの土は”局在”しているのです。

化石燃料や天然資源の有無のように、国々のある場所(土地)によって最初から大きなハンディキャップがある。泥炭土は地中深く数千万年眠ると石炭になりますが待っている余裕はないですし。
素人考えで単純に気候の影響が大きいと思っていましたが、むしろ長い年月かけて土壌を作り出す作用と理解した方が良さそうです。火山灰土壌である日本の国土の30%は黒ぼく土で、酸性土壌なのは高温多湿で植物遺体を処理する微生物の作用による。また日本は降水が潤沢なので岩石の風化が速く、岩から1年間に0.1ミリが流されて土になると。それでも地層1メートル分の土を作り出すには1万年かかります。

穀倉地帯とは氷河が作り出した土壌

プレートテクトニクスや火山活動による火山灰の堆積、風化や浸食、植物の堆積、大地に穴を掘る動物や微生物の活動、氷河の活動と融解、とてつもないスケールで「土」の特徴は作られます。
大昔に北欧やドイツ地方などを覆っていた氷河の発達が肥沃な表土を削りとり、それが砂塵となってヨーロッパ東部に堆積し、気候の温暖化で草原由来の腐植と砂や粘土が混ざり合って肥沃な土、チェルノーゼムが作られた。

「土 地球最後のナゾ」藤井一至著 P.96 図42を引用

世界のチェルノーゼムの3割が集中する地域がウクライナであり、小麦の穀倉地帯「ヨーロッパのパンかご」と呼ばれた所以。逆に表土を削りとられて貧栄養なポドゾルや未熟土が残った土地に住んだドイツやロシアなどが肥沃な土壌を求めて争う世界史へと繋がっているんですね。

「土」の奪い合いが起きている

カナダのプレーリー地帯にあるチェルノーゼムの農場にはインドや中国の買い手が殺到しているといいます。またサハラ砂漠のリビアは原油の供給と引き換えにウクライナに大規模な農地(10万ヘクタール=東京都の半分ほど)を確保し、カタールはケニアのひび割れ粘土質土壌を確保するなど、砂漠土ばかりで農地の欲しい産油国とエネルギーや化学肥料の欲しい農業国での取引が進んでいます。
穀物価格の乱高下や食糧危機はなんとチェルノーゼム自体を商品に変え、ウクライナでは1トンあたり1~2万円で闇売買がなされ1000億円産業となり、10トントラックが土を持ち出して表土を失った農地はゴミの埋め立て地になってしまうとの事。
前記のように地球規模の活動が土を作り出したのだから、有限の堆積層から失ってしまった土は、人間の歴史のタイムスパンではもう戻らない。ショッキングな話です。
そんな文字通り身を削って外貨を稼ぐ状況から早く抜け出すことを願うばかりです。

ウクライナの経済

外務省ホームページの各国・地域の基礎データ(データの時期が不揃いなので正確な比較ではありません)から、ウクライナ、比較でEUの中位国フランス、東欧のポーランド、小国ながら電子政府で有名なエストニアを見てみました。

面積と人口
ウクライナ:60万3,700平方キロメートル(日本の約1.6倍)、4,159万人(クリミア除く)
※国土の7割を農地が占め、農用地は4131万haで日本の12倍。うらやましい!
フランス :54万4,000平方キロメートル(仏本土)   、6,706万人
ポーランド:32.2万平方キロメートル(日本の約5分の4)、3,827万人
エストニア:4.5万平方キロメートル(日本の約9分の1)、133万人(参考:さいたま市 132万人)

名目GDPと一人当たりGDP
ウクライナ: 1,555億ドル、3,726ドル(2020年:世銀)
フランス :24,100億ユーロ、41,760ユーロ
ポーランド: 5,230億ユーロ、13,640ユーロ
エストニア: 305億ドル、22,990ドル(2020年:IMF)

ウクライナの一人当たりGDPは旧東側のポーランドに対し1/3以下、エストニアの1/6以下と低迷しています。
欧州では大きな国で人口もあり、豊かな穀倉地帯という印象なのに厳しい現実・・・どうして。

主要輸出品は、穀物(19.1%)、鉄・鉄鋼(15.6%)、鉱石(9.0%)、電子機器(5.2%)… なので確かに農業は主力。

JAcom(農業協同組合新聞)によると、ウクライナは小麦2600万tで世界7位、大麦は830万tで世界5位、トウモロコシは3300万tで世界6位(2018/19年度~2020/21年度の3年度平均)です。
耕地面積ではロシアの1/4でも単位収穫量はロシアの2倍近い4.4t/ha(ロシアは2.4t, 米国は7.6t, 日本は6t)(2016情報)あります。一方でロシアやウクライナではソ連時代から大規模農場のほかに各農民が所有する小規模な農場・菜園が並存、多くの都市住民も自家消費用の菜園を持ち、農業生産に大きな役割を担っている(JAcom)とあります。

成長軌道に乗せるために恐らく、米国の様な省人力x高効率な農業への転換と、貿易輸出に高付加価値品を増やそうとしているはずです。
比較国の主要輸出品をみればテクノロジー商品が経済を押し上げたことは明らかです。
フランス :工業製品、輸送機器、コンピュータ・電子機器
ポーランド:機械機器類、農産品・食料品、金属製品等
エストニア:機械・機械部品、鉱物、木材・木材製品等

農業DXで世界を救う

そこでウクライナもIT産業に力を入れているのは納得できます。
日本貿易振興機構ジェトロの地域分析レポート「知られざるウクライナIT産業のポテンシャル」より

ウクライナIT市場規模の推移(2018)
エンジニアリングの学位取得者数の比較(2018)
ウクライナのIT企業の内訳(2018)

IT市場規模、人材育成、ここまで急伸しているのを最近まで知りませんでした。
ロシアへの抗戦でNATO諸国の支援を得つつも情報戦で上回る底力を発揮した事実は、ウクライナの人たちの共通体験と強い自信になって一層IT分野の成長が加速するのは確実。
IT企業内訳ではまだ、低単価で優秀なITベンダーとしての下請け開発の市場になっている段階でも、それは中国もインドも通った道。人材が育ってくれば国内でビッグテックも生まれるかもしれません。

もう土を売ることなく、広大なチェルノーゼムを強みにした農業DXを成功させて欲しいです。
先進国のような権益や規制にまだこり固まっていないことも大きなアドバンテージ。
ドローンやセンシング、重機や倉庫・配送などを共通ITインフラで最適化した農業プラットフォームを構築するのでしょうか。細分化した小規模事業のロスを整理し、税制優遇など法整備で外国の事業者も自国のプラットフォームに呼び込んでウクライナ国内で生産に寄与してもらい、農地はフル活用しつつ自国の人的リソースはより付加価値の高いITサービスなどに移すことも考えられます。
他の大国よりもアフリカに近い地の利はあるはずで今後20年で莫大な需要が生まれるアフリカ企業の食糧事業にフォーカスすれば世界を救うし、そうした協業を通してアフリカのIT産業界にも入って行ける。そしたら成長性は凄い事になるな~、と、勝手に妄想が膨らんでしまいました。

食料自給率が低くIT人材も不足する日本との相性も良いですし、明るい未来を期待しています。
何より、一刻も早い終戦・復興を祈っています。

以上


「土 地球最後のナゾ~100億人を養う土壌を求めて~ (光文社新書)」 (Amazon)

将来の食糧危機を救うため、世界中を回って土をほじくり返し、100億人を養う農業が可能な土を見出すべく、土の成り立ちと持続的な利用方法を研究する農学博士の情熱に打たれます。

マッキンゼーが読み解く食と農の未来 (日本経済新聞出版)

もちろん大地に頼る従来の農業のIT化だけでなく、土を使わない農業の研究も進んでいます。しかしどんな育て方をしようと農作物には必須の栄養素があって、肥料に必要な採掘資源(例えばリン)があるかぎり、完全自給は出来ません。
世界は相互依存していることを再認識させてくれます。

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