スノーデジカメはSNSの夢を見たか

スマホで大ヒットのカメラアプリ「スノー」の8年ほど前、カメラが自動的に被写体の顔にウサギ耳やキスマークを重ねて撮れるデジカメを商品化していました。アイディアでは先駆けていたにもかかわらず、どうして私たちはスノーを生み出せなかったのでしょう?
商品開発の壁とその乗り越え方を考えます。

4億人が使うスノー(SNOW)

世界で4億人のユーザー(2022時点)がいるスマホ用カメラアプリ「スノー」は、被写体の顔をリアルタイムで様々にデコレーションして撮影できるのが大きな特徴です。

PRTIMES 2016年5月31日「動画コミュニケーションアプリ「SNOW」、世界2200万ダウンロード突破!」より

若い人に大変人気があり登場後するや2016年アプリストア第1位になっています。→PRTIMES記事
その年にはLINE社が出資を発表しています。→2016年09月29LINE社発表

顔を検出して耳や鼻を付けたりするだけでなく顔自体を加工して楽しむことができ、装飾や加工のバリエーションも非常に豊富です。当初はSNS的な機能もありましたが今ではアプリ機能に特化しています。
スマホのアプリなので友達がいるSNSで簡単に写真をシェアし合えます。
顔検出の技術はデジタルカメラに採用されてから10年以上経ち、高性能化したスマートフォンのカメラでは基本機能となり、アプリ開発者が自分のアプリに自在に組み込んでアイディアを実現できる時代になっています。

デジカメの「顔デコ」モード

実は富士フイルムは2008年のコンパクトデジカメに、顔の輪郭に合わせてウサギ耳やキスマークを重ね合わせて撮影できる「顔デコ」モード(海外名Stamp It!)を搭載していました。
カメラが顔を認識して自動的にパーツの位置を合わせてモニター映像に表示され、シャッターを切るとそれが写り込んで保存されます。

打上げ会での同僚
当時お世話になった上司

このシリーズには「チェキプリンタ」へ送信してプリントする赤外線通信があり、その通信を使ってカメラ同士でも画像を送り合うことができ、顔デコ撮影した画像も交換できました。$199でスタイリッシュな若者向けカメラ、このカテゴリのユーザーにとって写真はコミュニケーションツールというコンセプトで商品化しました。
TVの紹介番組や雑誌等でもこの機能を取り上げて頂き、そこそこ面白いとの評価でしたが、購入ユーザー調査ではセールスポイントになっておらず、期待に比して訴求力は今一つでした。実は付属のCD-ROMで顔デコのパーツを追加できたりオリジナルパーツを作る方法もあったのですが、残念ながらそこまでユーザーを引き込むことができませんでした。
敗因を十分に究明できていないまま翌年のモデルからは機能を削除してしまいました。

私がカスタマイズした吹き出し
私がカスタマイズした吹き出し

その事もすっかり忘れた頃、飲み屋で若い人に、今こんな面白いアプリがあるんですよ!と初めてスノーを見せてもらったときには何と言って良いかわかりませんでした。

「顔デコ」モードの背景

スノーとの比較をする前に、なぜこのモードが生まれたのか背景を述べる必要があります。
シャッターを半押ししてピントを合わせるというカメラの基本機能は高級一眼もコンパクトデジカメも同じです。このシリーズのメインターゲットは初めてカメラを購入する若年層なので、半押し操作には馴染めていないと想定しました。
そのため、ピント合わせの動作を楽しく見せて自然に上達できるようにと、モニター映像の中で顔を検出したら四角枠のかわりにウサギ耳などを表示し、シャッター半押しすると耳がピンと立つ、などの反応をつけるアイディアが生まれました。(下図:FinePix Z20fd 取説より引用)

普通のカメラは中央のAFマークが変化
顔デコのAFはパーツが変化(耳がピンと立つなど)

試作評価の段階では、集合写真のサンプルにカメラを向けただけで、みんなの顔に我先にと「撮って」「撮って」と吹き出しが出るのを見て大爆笑でした。これは絶対、撮影が楽しくなるぞとメンバー全員が確信していたのでした。
シャッター半押し操作を啓蒙する的な機能ゆえに、実際に撮影した画像には写り込まない通常の撮影モードと、写り込んで保存されるモードがありました。

何が違うのか?

昔のコンデジ画面がとても地味なのは差し引いても、アプリとは根本的な違いがいくつかあります。

1.「撮影」を楽しむ vs 「画像」を楽しむ 

顔デコは撮影を楽しみながらカメラのAF操作(自動ピント合わせ)を知ってもらうのが主眼、スノーは楽しい画像を作り出してコミュニケーションするのが目的です。そのため顔デコのパーツはシンプルな数種類のみでしたが、スノーのバリエーションは数百種類から選べました。
AF操作は啓蒙しましたが、半押しするまで写り込むパーツが分からない面もあり、カメラは手段であって楽しい画像を作ることにフォーカスしたい人たちには物足りさがあったと思います。

2.スタンドアロン vs ネットワーク効果

赤外線通信は人気がありましたが、送受信できる携帯機種やカメラが限られています。携帯からはメールで人に送る使い方でした。既にSNSが普及したスマホの時代では画像をリアルタイムにシェアして楽しめます。シェアした画像が面白ければあっという間に口コミで広がり、既に持っているスマホにアプリをダウンロードすれば自分も同じことができます。まさに限界費用ゼロで普及させることができます。
後知恵ですが、コンセプトに掲げたコミュニケーションを具体化する条件が揃っていませんでした。

3.モノを売る vs 体験を売る

差別化はカメラを売るためで、何台売れたかが全てです。スタンドアロンなモノに特徴をつけて売り切るのはほぼ一発勝負であり新製品を出すサイクルでしかユーザーと対話できません。
スマホアプリは売り切る必要はなくユーザーを集めて使われ方をみてユーザー体験を継続的にアップデートし続けます。グロースすることで広告モデルなりフリーミアムモデル(大多数の無料ユーザーとごく一部の有料課金ユーザーで支える仕組み)で後からマネタイズでき、ユーザーがスマホを買い替えようが継続性は変わりません。
ユーザーとの間のフィードバックループの力はプロダクトにとって非常に大きい違いを生み出します。

デジカメではなくスノーが成功しているのはこうした要因の相乗効果といえます。
スノーの拡張されたバリエーションは豊富で、仲間同士で撮り合って画面を見せて笑うなど、私たちがやりたかった「撮影を楽しむ」ことまで逆に飲み込んでしまっています。

スノーデジカメはSNSの夢を見たか

ではなぜ、デジカメでの技術資産を活かしてスノーよりも先にスマホアプリに参入するチャンスを見逃したのでしょうか?
スノーデジカメがスノーアプリへと進化できなかった3つの壁があります。
この壁は業界や製品ジャンルが違っても必ずあるのではないでしょうか。

1.タブー(画像を壊すことへの抵抗感)

写真は大切な思い出を残すものであり、より美しく真実を映さねばならない。そういう価値観・競争軸が写真業界にありました。ましてフィルム時代から長年にわたって画質と品質にこだわってきた歴史を持つ会社です。デザイン性と低価格を実現するために、性能より薄型化を優先したレンズ、コストを削ったセンサーや処理系という事情を背負いつつ、販売部隊からは画質が悪いと売れないと言われます。
そうやって苦しんで画質を高めているのに、原型を留めない加工、ましてや顔の輪郭や目の大きさを変えてしまうなんて論外、それはトイカメラ(おもちゃ)だ、という空気がありました。デジカメに搭載したブログ掲載用の画像加工モードですら、全加工パターンのサンプルをプリントにして品質チェックしていたくらいです。
私自身も囚われていました。もっと遊びがあっても良いのに、と思っていながら、強烈な美顔フィルターの売込みを断っています。譲れない線引きをしていました。組織の文化は根深いものがあります。
本家スノーでは躊躇なく顔を変形します。
タブーの壁は厚いです。

2.傲慢さ(上達すべきという決めつけ)

作り手はカメラが好きなので、撮影自体が楽しいし上手に撮れる楽しさを知って欲しいと思っています。しかし上達したいかどうかは個人の勝手です。撮れれば良い、楽しければ良い、もまた大事な価値観です。熟知しているほど、そうしたお仕着せに無自覚になってしまうところがあります。
売った後のユーザーの反応がスマホアプリのようにデータで判断できれば、自分たちの観点を切替えられたかもしれません。あくまで「カメラ」を楽しむ発想に軸足があったので、スマホユーザーの「楽しさ」の観点にピボットできませんでした。
傲慢さの壁も要注意です。

ちなみに、自動車好きで同じ罠にはまる人はいないでしょうか。
車の運転は上達するべきだし上達すると楽しい、若い人ももっと楽しさを知れば車が欲しくなるはずだ。楽して移動できれば良い、のは車の楽しさを知らないからだ、と。

3.ビジネスモデル

技術資産を軸にして製品を開発してモノを売るメーカーのビジネスと、顧客資産を軸にして機能を開発しサービスを売るSaaS(Software as a Service)は構造が大きく異なります。

メーカーは技術やバリューチェーンの強みを活かすことが差別化で、それをコアに製品を作って顧客に売り続ける。リサーチが重要。販売が情報源。
サービスは顧客資産がコア。顧客から常時情報を得て、取り囲むように機能を提供し続ける。求められるものが変化したら技術も入れ替える。
TOYOTAのユーザーは次はHONDAから買うかもしれないが、GoogleやMicrosoftのユーザーはアップデートやサービス追加を受けながら使い続けることになる。

メーカーは大きな固定費を背負い、計画に沿って投資と回収のサイクルを回す。サイクルで利益を出し、回転が止まったら固定費で赤字が出ます。戦略的事業でもない限り、十分に成長するまで回収なしに継続するような、ましてマネタイズ方法を後から決めるような事業に投資は出来ない意思決定システムです。
一方でSaaSは小さな固定費で運用を始め、小さく投資と改良のサイクルを回していく。利益は十分に成長した後から急速に出始めます。
スノーの開発よりも早い時期にメーカーでSaaSを始めるのはまさにDX(デジタルトランスフォーメーション)であり、1つのプロダクトのアイディア実現の次元では困難だったでしょう。

言い訳がましくなってしまいました。
それでも、どうしてタブーと傲慢さを克服し、SaaS到来をいち早く取り入れて新規ビジネスのイノベーションを起こせなかったのか、残念でなりません。

今から出来る事

メーカーであっても自社製品を特徴づけている技術のなかでアプリケーションに展開できるものがあるはずです。Adobe社やMicrosoft社のサブスクモデルや多くのサービスの成功でSaaSは既に十分認知され、クラウドの開発基盤も整っています。いまやメーカーがSaaSに取り組むハードルは低くなっています。

メーカー基準の完璧主義や今までの思い込みを外して早く土俵に上がりSaaSで小さく始めましょう。
時間が経つほど代替ソリューションが登場してきて取り返せなくなります。スノーへのLINEの出資のように、小さいうちに有望だとみるや、すぐに投資が集まってスタートアップは急成長してしまいます。
大きな初期投資なしに競争ができるのは早い段階だけです。

正しいタイミングとは後知恵でしかありませんが、開発者にとっては早いことが正義だと思います。

以上


「ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム」(2017/Amazon)


顧客のジョブを中心に深堀していたら違った展開があったかもしれない、この本が数年早く出ていてくれたら、と思った本。

著者はあの名著「イノベーションのジレンマ」のクレイトン・クリステンセン氏です。

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