若い女性に人気のコンパクトデジタルカメラ(コンデジ)2008年の製品でちょっと変わった名前の新機能「恋するタイマー」が大変話題になりました。折角のアイディアも、気付いてもらえなければ意味がないので、ネーミングの力は大きいと言えます。ありがちな機能説明的な名前ではない、ユーザーの気持ちを捉えた名前は、社内のターゲットユーザーたちから生まれました。
当時の競合関係
屈曲工学系とスライドするレンズバリアを使った薄型スタイリッシュなコンデジの代表は SONYのサイバーショットDSC-Tシリーズと富士フイルムのFinePix Zシリーズでした。ある意味似た技術構成でありながら、サイバーショットは高性能ガジェット感があって男性に人気、Zはおしゃれ感で女性に人気で、棲み分けていました。恐らくお互いに相手のユーザー層を取り込みたいと画策はしているのに、どうやってもなぜか人気が二分される状況でした。
SONYは笑顔を検出してシャッターを切る「スマイルシャッター」を前年に導入して話題になっており、Zも特徴機能を出す必要がありました。
「恋するタイマー」とは
デジタルカメラで顔検出してオートフォーカスする技術が2006年の各社製品から導入が始まりました。
「恋するタイマー」は顔検出の仕組みを使って二人の顔が設定レベル以内に近づいたら2秒タイマーが起動して撮影するセルフタイマーの拡張機能です。FinePix Zシリーズ2008年の新製品から搭載しました。
顔の距離に応じて遠い位置から密着するまで「お友達」「仲良し」「ラブ」の3段階が選べ、セルフタイマーの作動を表す正面のLEDが、顔が近づくと点滅が速くなって状態を知らせます。
女性ユーザーの多いZシリーズでキャッチーなネーミングだったため、発売前からWebで話題になり、テレビのクイズ番組にも使われるなど、メディアでも多く取り上げてもらいました。
バリエーションとして予め設定した3人とか4人の顔が揃ったら撮影するモードもありました。
開発の背景
「恋するタイマー」は実は最初からその形で企画案が出来たわけではありませんでした。
女性ユーザーが多いカメラだからこそ、失敗を減らして上手にとれる機能を提案したいと考えていました。入門書では必ず写真の三要素はピント、露出、構図だと教えてくれます。カメラのソフトウエアが自動で調節することでピントと露出は上手に撮れるようになったのに、構図だけが何も気の利いた仕組みがないことに着眼し、技術試作担当のN君と以前から解決策を模索していました。
当初は、検出した顔の位置をもとに、(足が切れているので)縦どりを勧めたり、(日の丸構図なので)ちょっと右をあける良いですよ等、撮影ガイド的なものを画面に出す案で試作実験をしていました。プリントサービスでの研究では女性が写真を選ぶときに大きく2つの顔が近くで向き合う写真を好むことなど、ガイドに使いたい材料は他にもありました。
ところが実際にやってみると、どれも不評。かえって分かりづらい、使いにくくなるようで、N君と頭を抱えました。構図のサジェスチョンは、そもそも構図が大事という問題意識をもっていないとガイドの意図が伝わらず、意識している人にはガイドは不要というジレンマ。
だったら構図の補助ではなく、特定のパターンのときに自動撮影するだけでも良いのではないか。ということで、試しに、二人の顔が大きく並んだら撮る実験機を作ることになりました。
実験機で盛り上がる
出来ました!とN君が持ってきてくれた実験機はまだ壁に貼った顔写真でテストしただけです。さっそく実際に二人並んで自撮りの態勢でカメラに向かいます。最初はなかなかシャッターが下りない。あれ?あれ?といいながら顔を寄せたり離したりして30代と40代の男二人の微妙な空気でパチリとシャッターが降りました。撮れた写真をみて笑いました。想像してたより、これ面白いね。
「顔が近づいたらシャッターを切る」アイディアは実は顔検出の開発時に社内で出ていたもので、それを復活させることになりました。ちょっと、テストなんで、と社員をつかまえてはテスト撮影をします。男女問わず好評で、これはZシリーズでやるべきだと確信し、営業のメンバーにもデモを見せます。ターゲット層の若い女性が多いので、ワイワイ盛り上がり、二人だけでなくグループでも、とか、レベルを設けるなどの要件が揃いました。
セルフタイマーが突破口に
必要な機能の大筋は見えましたが、この機能をいったい、どういう入口から使ってもらえばいいのか。
撮影モードやオート設定など考えだすと組み合わせが難しくなってしまいます。
それまでのヒアリングでカメラを持っている人は撮る側に回りがちで自分の写真がもっと欲しいと思っていました。スマイルシャッターは自分が子供や友達を撮る機能ですが、この機能は他人のカップルを撮るのではなく自分たちを撮るための機能なはずです。
背面液晶のメニューを見ていて、セルフタイマーしかないと思いました。
誰かに撮ってもらうのではなく、自分のカメラで自分を撮ることを宣言できる機能がセルフタイマーです。それまでセルフタイマーは、ないと困るが、滅多に使わない機能という目立たない位置づけでした。そこに光が当たるのも良いのではないか。正面のZ文字のLEDも光り方に緩急つけることで気分の演出にも使えます。
ネーミングが大事
この機能を埋もれさせずに露出させるには、楽しさが一言で伝わるネーミングが必要でした。
ネーミングの重要性をかつて記録メディア事業にいた取締役から聞いたことがありました。手掛けていたFUJIFILM AXIAブランドの音楽用カセットテープを、あるマーケティングで売り上げ数十パーセントUPさせたことがあったそうです。テープからCDで音楽を聴く人が増えている一方で、CDからテープにダビングする用途でテープを買う人が増えている背景を捉えて、包装パッケージの文言に “for Digital”を付けたそうです。種類が多くてどのテープにしようか迷ったお客に用途を示すことで刺さったそうです。
ターゲットユーザーの感性を頼りに、女性の多い営業や広報の若いメンバーにヒアリングをしました。
共用スペースのテーブルで打ち合わせていた営業課長が通りがかった2年目の女性社員を呼び止めて聞きました。
「Kちゃん、彼氏との気分を一言でいうとどんな感じ?」
今時なら即レッドカードですね。慌てて横から事情を説明し、冷や冷やしながら聞いていると、
「え?何ですか?いい感じですけど」
「ラブラブとかそういう単語で言うと何?」
「うーん・・・」
「特に好きでもない男性は何?」
「おともだち、ですかね」
よさげなフレーズが出てきそうです。今までとは違ったネーミングが期待できます。
予想外だった第一候補
若手寄りのN君が企画部門に異動してきていて、営業の若い人達から候補案をとりまとめてくれました。機能名や3段階のレベル名などを複数案あつめて、役職や技術系は口を出さず、ターゲット層の人だけの投票結果を見ます。
「どうなった?」
「一応まとまりましたが・・・一位はちょっとアレなんで二位の案にしましょうか?」
「どーして?一位は何なの」
「恋するタイマーです。二位がカップルタイマー。ちょっと飛びすぎじゃないですか。」
それまでの感覚ならカップルタイマーで行きそうですが、実際に使いたい人たちが推すのだから、遊び過ぎと文句を言われてもそれで行こうよ、とハラを決めました。
新機能の訴求では、作り手はつい仕組み説明的なネーミングをしてしまいがちですが、まったく違う角度からのネーミングにワクワクしました。
機能名「恋するタイマー」、レベルを「ラブ度」と呼び、3段階は「お友達」「仲良し」「ラブ」、グループ用のモードは「みんなでタイマー」。
意外とどの部門からも反対はなく最終決定できました。
あの「チェキ!」を名付けた販社の名物部長K氏も「面白いじゃないか!」と乗ってくれました。
3分で興味をひけるか
そのK氏とある家電大手量販店のバイヤーさんに発売前の売込みに行った時の事です。当時の家電量販は売りを左右する力があってでメーカーに対してはかなり高飛車なところがありました。競合ひしめくどの商品を売り場のどこに出すか、店頭でどれを推薦するかで売りを左右できますし、実際に売れるかどうかの目利き力もありました。30分のアポでプレゼンを用意していったのですが、待たされた上に、予定が変わって時間がなくなったので3分で聞かせてくれ、という。仕方なくスペックの変更点と新機能の説明をします。K氏の熱弁に質疑応答が入って結局予定通り30分の面談でした。関心持ってもらえたようです。
3分で伝わらない特徴は店頭では売れない、のも事実でしょうから、そのバイヤーさんはどのメーカーにもわざとそういうやり方をしていたのかもしれません。
ついにローンチ
量産も軌道に乗り広報部門からプレスへの新製品リリースを出しました。
期待通り発売前から話題になり、テレビや雑誌、Webニュースから様々なブロガー記事まで出て盛り上がりました。経費節約でこの機種はTV-CMでの販促をしませんでしたので、それを補う宣伝効果が必要だったので大変助かりました。
写真家の田中希美男さんがどこかのカメラ雑誌に、パーティーなど集まるところで「恋するタイマー」で人と一緒に写真を撮りまくった、セルフタイマーというものをこんなに使ったのは生まれて初めてだ、堅いメーカーでよくぞこの名前を付けた、旨の事を書いて頂いたのを見たときは本当にうれしかった。
まさに自分の写真を増やす、自分のための撮影機能としてセルフタイマーに入れたことの企画意図そのものでした。
解決したい課題に対して手段を提供するのは技術的な工夫ですが、それを使う人の文脈でネーミングできたことが、受け入れられた理由だろうと思います。
以上