デジタルカメラの背面モニター画面の多くが今ではタッチパネルになっていますが、かつては一部の先端的なモデルのみでした。富士フイルムは競合の中では後発でタッチパネルを採用したのですが、初採用製品でデジカメ初の「タッチショット」機能を搭載して大好評を得、以降のカメラはみなこの機能が付いています。
なぜ後発メーカーが最初に実現できたのか?商品改良のヒントを考察します。
タッチショットとは
「タッチショット」はカメラの背面モニター画面のなかのピントを合わせたい被写体にタッチすると、レンズがそこにピントを合わせると同時にシャッターがおりて写真が撮影される機能です。
富士フイルムは2009年発売の薄型コンパクトデジタルカメラ FinePix Z300に自社製品で初めてタッチパネルを搭載し、業界初のタッチショット機能はそのセールスポイントのひとつでした。
当時のタッチパネル事情
スマホ普及前の2000年代半ば、タッチパネルは少しずつ世の中のデジタル機器に浸透し初めていましたが、まだマニアックなガジェット向きの印象がありました。後にスマートフォンによりタッチパネルは決定的に普及しましたが、将来的にタッチパネルが普及するのかどうか?すら当時は議論が分かれ、GUI開発のハードルの高さもあって、デジタルカメラへの採用にはネガティブな意見も多くありました。
しかしデジタル家電に強いSONYやPanasonicがコンパクトデジカメの背面モニターのタッチパネル化で先行し、他のカメラメーカも採用し始め、競争の激しいコンデジ市場での新機能アピールにはどうしても欲しい要素になってきます。
メニューカーソルを動かすことなく直接アイコンにタッチして直感的に操作できたり、映像をみながらモニターのタッチした位置にピントを合わせることができ、機能的なアドバンテージは明らかでした。薄型でカッコよさを競うカテゴリーでは外装デザインもスッキリしてスリムになるため、今後タッチパネル化していく方向は確実のように思われました。
結果、富士フイルムはやや遅れて2009年の製品から導入することになりました。
開発の経緯
後出しである以上、プロモーションでは今までの他社製品にない特徴アピールが必要になります。
少し前に登場したiPhoneのユーザーインタフェースが話題を集めていたことに着目し、FLASHというモーショングラフィックの技術を採用して指に連動する動きのあるGUIを売りにし、それまでの他社機と差別化を図る新機種を企画して開発に着手しました。
既に画素数やズーム倍率などのカタログ比較しやすいスペック競争の頭打ち感が高まっていて、写真を撮ったあとの楽しみ方の提案が1つの大きな課題になっていました。そのため撮った後の画像が利用しやすいよう、指で画像を動かしてフォルダ分けできたり、組み写真を合成できたり、タッチパネルのメリットを活かした企画でした。
ところが当初の企画案では撮影後の機能に偏っていて撮影機能にもう一工夫欲しいとの声が高まり、急遽、撮影に寄与する特徴の追加を検討することになったのです。
新しい技術を入れた開発で設計陣もいっぱいいっぱいの状況、そこに仕様追加するわけですから、なるべく開発負荷が小さくかつユーザーにとっては意味があるものを探す必要があります。
モックアップをみながらソフト開発のキーマンらと遅くまで議論をしました。
FinePix Zシリーズは薄型スタイリッシュな若い人向けのデザインで、実際に購買層も20~30代の女性が多い。その人たちはティーンエイジをレンズ付きフィルム「写ルンです」で過ごした人たちで、カメラメカのシャッター「半押し」が苦手です。
フィルム時代からオートフォーカスカメラは、シャッターボタンを軽く押した状態とさらに深く押した状態の2段階スイッチになっていて、軽く押してピントを合わせ、その状態からさらに押し込んでシャッターがおります。一方で「写ルンです」は構造が単純でピント合わせをしない(パンフォーカス)のでシャッターボタンを押した瞬間にパシャッと露光します。
そもそも、何でわざわざ画面タッチでピントを先に合わせておいてから、もう一度持ち直してシャッターボタン押さなければいけないのか?という話になり、タッチでフォーカスを合わせたときにそのままシャッターもきってくれないか?と相談しました。
従来と異なる処理順に改造するのでソフトウエアの設計構造によっては工数がかかってしまうかもしれません。担当チームに検討してもらった結果「対応できます」(技術的な障害はない)と。もちろん機能を増やすには設定画面のどこかにモード切り替えを設けたりとか、取説が変更になるとかコストアップする影響は出てしまうのですが・・・
バーターで優先度の低い仕様をカットする等の調整をした記憶があります。
その結果、「タッチで簡単に撮れます」という分かりやすい特徴を追加することができました。
意外な結果に
このモデルの開発では誤算の連発でしたが、特に以下の3点は重要な示唆を与えてくれます。
後付けのタッチショットが一番のセールスポイントになった
ソフト開発の技術面では内部にFLASH実行エンジンを実装しその上でFLASHで書かれたGUIプログラムが動く、という今までの機種と全く違う構造をしており、デザイナーも開発陣も大変な苦労をしました。細かい仕様判断も多く発生して企画も大変でした。しかしプリセールス活動を通して販社のプロモーションチームは、GUIの機能群よりもタッチショットを最優先に打ち出す決定をします。
一番すごい所を訴求しなくて本当にいいのだろうか?
この商品はガジェットではなく「カメラ」である以上、撮る機能の特徴がもっともユーザーに刺さる、という判断です。それで行くことになりました。
発売後の市場のフィードバックを見るとその判断は間違っていませんでした。
タッチショットが業界初な理由の説明に困った
雑誌の取材者は、どんな技術課題を克服したことで他社がいままで出来なかったものが実現したのか、という話を聞きたがります。面白味のあるストーリーが欲しいのですね。
ところが実際には難しくて搭載できなかったのではなく、そうしようとしなかった、からです。
撮影はシャッターを押して行うもの、という思い込みに、写真カメラ系メーカーだけでなく家電メーカーまでも囚われていたことには驚きます。
(同時期に日本の折畳み携帯電話メーカーからもタッチショット機能が出ています。)
気付いたあとは、どのメーカーもこのあとの製品からタッチショット機能を搭載しています。
企画から上市までの間にトレンドが変ってしまった
タッチパネルには抵抗膜方式と静電方式とがあります。スマートフォンは静電方式を採用していて、上から押圧をかけなくても指でなぞることで操作できます。一方、カラーコピー複合機や券売機などは抵抗膜方式で、軽く押すことで反応します。
企画時点ではタッチパネル機器はコスト面からも抵抗膜方式が多く、高価な静電方式はiPhoneなどに限られていました。スワイプ動作などの反応は静電方式が良いのですが誤動作の欠点もあり、小さい液晶面積に対して爪の長い女性ユーザーは指先で触れづらい等を検討して抵抗膜方式を採用しタッチペンも付属しました。ところが開発期間中もiPhoneが凄い勢いで普及し、製品を発売した年には多くの人がタッチパネルGUIといえば静電パネルの操作感を期待するようになってしまっており、実際に手にした時にギャップが生じていたのが悔しいところでした。
ちなみにFLASH搭載には先を見た狙いがありました。それまでコンデジのような組み込みソフトで動く機器はあとから機能を変更できません。組み込み技術者のコーディングに依存している限り小回りが利かず工数も大きいのに対し、FLASHなら細かい変更をデザイナーが自分でできるためユーザー体験の改良がしやすくなると考えていました。
実際、最初に販促チームに見せた説明用プロトタイプは本物のコードではなく、私がFLASHで作ったGUIのコードがカメラの上で動いていたのです。フォトブックの作成サービスのように選択肢があとから拡充していくものに追従させるのに、まさにAppStoreのようにFLASHのコードを後からカメラに追加して機能を拡張できる仕組みを作りたかったのですが、プラットフォーム実現への壁は厚く実現できませんでした。
ほどなくWebでのデファクトスタンダードだったFLASHもApple社が対応打ち切りを発表したことやGoogleによるHTML5推進もあって主流はFLASHからHTML5へ大きくシフトしていきました。
差別化のための教訓
- 製品の第一目的でしっかり差別化すること。
難しいものを実現したかどうかは関係ない。作り手のこだわりと顧客価値は違う。 - 固定観念に囚われていないか疑ってみること。
昔の順序、昔の基準、昔のやり方・・・枠を外して新しい価値を探す。 - 導入時の価値感にミートさせる必要がある。
着手時ではなく完成時の市場と技術トレンドを見極めねばならない。
21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由 / 佐宗邦威
無意識に存在するバイアス、思い込みを超える方法としては「デザイン思考」が役に立つと思います。よい書籍が多くありますが、私が読んだもののなかで特に「あるある」感がありました。
以上