大企業の意外な弱み~付き合い方と競い方

 大企業には資金・人材・無形資産など様々な強みがあり競争力があると思われています。しかし大きな組織には必然的な弱みもあり、意外と外から見ると誤解も多いのです。すべての企業に当てはまるとは限りませんが、お付き合いのあった企業の方々にも同様の悩みがありました。
 それらを振り返って、大手企業を相手にした付き合い方や競い方をピックアップしました。

強みと弱みは表裏一体

 資金力がありM&Aに積極的な経営者であれば時間をお金で買って足りないピースを埋めることが出来ます。知名度があれば採用に有利で、優秀な人材を集めやすいメリットがあります。バリューチェーンが強固で、世界中の販売網、R&Dと生産技術、特許や意匠など知的財産の蓄積もあります。
 近場にビジネスチャンスがあればあっという間に総力を挙げて市場を押さえてしまいそうです。

 ならば、古いビジネスがどんどん淘汰されて新しいビジネスモデルが生まれている昨今、日本の大企業は次々と機会を活かして、もっと元気モリモリのはずが、実際にはそうなっていません。
 例えばカメラメーカーひしめく中でGoProが出てきてアクションカムの代名詞は今でもGoProです。

 弱みの代表格は「大企業病」ですが、その説明はありきたりの組織論が多く、リアリティに欠けているように思います。強い既存事業が逆に足かせになる事を少し具体的に挙げてみましょう。

マンパワーは潤沢なのか?

 実はありそうで無いです。規模が大きいほど前線が伸びきっているので、最前線に配置できる人の層は薄くなります。

 仮に1万人のメーカーを想像してください。全社スタッフが1割、事業ドメインが3つ、各ドメインに3つ事業部があったら事業部あたり千人です。
 全社を見るスタッフは経営企画、人事や広報、IT、法務、知財などたくさんの職に分配されます。どこも人が足りないはずです。事業部には企画、営業、開発、設計、調達、生産、品質保証、サポートなどの部門が必要です。各部門ではおそらく数十種類の製品を見ています。
 どの部署も人が足りないはずです。

 適材適所の問題もあります。中規模の専業メーカーであればその製品や技術分野が大好きな人が応募して集まります。一方、複数事業を抱える大企業の採用は入ってから配属が決まります。
 携帯電話やりたかったのに白物家電になる人、宇宙関係をやりかったのにプラントになる人もいるでしょう。前職でもデジカメ全盛期にカメラやりたくて入ったけれど産業機材だったり、近年ではメディカルやりたくて入ってきたのにカメラになる人もいます。皆さん優秀なので出来ますが、ずっと好きだった分野に職をもった人との熱量には温度差があっても不思議はないです。

新しい技術に強いか?

 引出しの多さでいえばノーです。既存事業分野を支える蓄積と先行研究は確かに強いです。しかし少し外れると新しい領域は四方八方にあって360度探索はできない以上、絞るか広く浅くになります。

 例えばデジタルカメラの通信手段はBluetoothとWifiが主流(2021時点)になりましたが、他にも NFC, Transfer Jet, 無線USBなど様々な候補が乱立した時期はとても追い切れる状況ではありませんでした。
 カメラ事業であれば撮影能力の向上など、各事業ごとに製品価値のコア部分に投資と評価が集まるので、(カメラにとって)辺境の技術領域はたとえ世間の関心が高い分野であっても、商品化の必要性がはっきりするまでは陽が当たりません。

 企業の規模からしてこの分野は当然やっているだろう、と思われても、そう簡単ではないんです。
 仮に画像処理の専門家が100人いても、いろんな課題に分散しますから、1万人の企業より領域特化した10人のベンチャーの技術が高いことは普通にあり得ます。
 大手IT企業の追撃を許さずスタートアップが急成長するのも不思議ではありません。

事業間のシナジーについて

 A社はXXとYYを持っているから、いつでもXYに参入できる、的な誤解が多いと思います。

 例えば、インクジェットプリンタのようにカートリッジで儲けるビジネスとして建て付けられていれば、本体での利益追求をせずに本体とカートリッジで最大限の協力ができます。富士フイルムも写真フィルムの時代はフィルムを援護するためにフィルムカメラを作っていました。
 一方、別々に成立してきた事業部どうしが協力する場合は常にWin/Winでなければなりません。なぜなら事業部にはそれぞれ達成を約束した経営数字があって、中期経営計画に盛り込まれて会社全体として株主にコミットしています。そのため、夫々が独立採算のデジタルカメラ事業と写真プリント事業で「カメラで儲けなくてもプリントで儲かる新ビジネス」は簡単には生まれないのです。
(どちらにとってもWin/Winになるなら社外との協業でも十分に成り立つわけですから)

 大手メーカーでデバイスと完成品をもつ企業や、関連分野の事業部を複数もつ企業も、多くは同じことが起きています。ドラマのように意気投合して握手しても何も起きません。時間がかかります。
 ※富士フイルムは2021年にデジタルカメラと写真プリントが1つの事業部に統合されており従来の枠組みを超えたイノベーションに期待したいです。

 事業ポートフォリオが順調だからといって、高収益事業の影で別の事業が冒険させてもらえるわけではありませんが、上位の全社戦略として有望成長分野への投資の集中は計画的に行われています。
 実際にそうした経営判断が成功してきた会社が元気です。

知的財産権という魔物

 既存事業においては多数の特許や意匠をもち、新規参入を防いだり、自社に足りないものをクロスライセンスする武器になったりする強みがあります。一方で、新しいことに踏み出すには大きな障壁にもなります。

 機動力のあるベンチャー企業が開発した新技術を持ち込んできます。もし採用した技術が誰かの特許を侵害していた場合、特許権者はお金のないベンチャーが侵害しているうちは黙っているのですが、大企業が採用したら訴えて特許料を請求してきます。当然、採用前に契約で保証させたり自社でも特許調査を行って万全を期します。素晴らしいものであっても危険なものは採用できないのです。
 このプロセスが結構大変で時間と労力を要します。攻撃者にとって的が大きいので常に一番リスクを負ってしまうのです。

 厄介なことはまだあります。昔、Microsoft社が、WindowsをプリインストールするPCメーカーへのライセンス条件として、PCメーカーがMicrosoftに知財権を行使できない縛りをつけていたことが明るみに出て物議を醸しました。この条件によればPCメーカーのもつ特許をMicrosoftは侵害し放題で、もしそれを訴えたらPCが売れなくなります。似たような知財条項をもつラインセンス契約は今でもプラットフォーマーたちが使っているのです。 
 ある事業部がとある大手IT企業の技術を使うライセンス契約を結ぶとします。一般に契約対象は会社全体に及び、社内稟議においては傘下全ての事業に影響がないかどうかが審議されます。すると、ライセンス契約する事業部には不利益はなくても、相手が他の事業部と競合するビジネスをする可能性が高い場合、簡単には締結できなくなります。
 多角化しているゆえに事業部だけのリスク判断で事業ができないことが起き得るのです。

 こうしてみてくると、意思決定に時間がかかる理由、ベンチャーでは1週間で済む契約に何ヶ月もかかる理由、武器は揃っているのに攻めてこない理由、等々が腑に落ちるはずです。

大企業との付き合い方・競い方

 他にもまだまだ大小ありますが(また別の話題で触れたいと思います)、
 上記のことから4つの事が言えます。

1.ベネフィットだけでなくリスク排除をペアで提案する
 技術の売込みでは、間口を広げるよりも狭い領域での強さの方が説得力があります。
 但し、類似技術の提案を他からも受けている場合が多いので、自社技術の優秀さばかり訴求しても響きません。競合技術との得失を相手企業の目線で分析して示せるだけでなく、その技術の採用により相手のビジネスに生じるリスクに対して、相手の課題を先回りして分析し、安心して採用できることを示すと大きな信頼が得られると思います。
 コストを理由に断られても本当の理由ではない可能性があり、その場合に価格交渉をいくらやっても結論は変わりません。

2.相手の時間軸や事業ドメインに合わせる 
 技術提携においては本格的に動きだせるまでにとにかく時間がかかります。急いで成果を求めてしまうと足踏みしている間のストレスや不信感が積もりますので、やることを予めフェーズに分けて準備しておき進めるのをお勧めします。
・NDAなしでできる内容
・NDA締結後にできる内容
・本契約後に進められる内容
 また、前述の様にビジネスユニットや事業部で縦割になっていますので、交渉相手の当該事業のテリトリーからはみ出さないよう留意した方が良いです。

3.新市場での競合は恐れなくてよい 
 自分たちの新規事業に競合しうる大企業がいると、せっかく市場開拓しても大手に気付かれて本気で乗り込んで来られたら、すぐ取られてしまうのではないか?と危惧するのも早計です。
 新しくてまだ小さい市場にはイノベーションのジレンマで入ってこれないし、リスクを避けるために意思決定も遅いです。例えば売上げ1000億円の事業であと10億円のコスト改善するのと、不確かな新市場に投資して10億円利益出せるまでとどっちが大変か。
 大きな組織は固定費も大きく、成果が不確実な事にリソースをかけ続けられない構造なので、よほど世界的トレンドでない限りは様子見をしています。
 スピードで先行できます。本気で動き出すほどに気付いた時には大きな差が開いています。

4.知財戦略をしっかり持つ 
 自社で権利化可能なものはしっかり特許をとる必要があります。競合したときに大手にとってリスクとなる知財を武器に持っておくことは大事です。もし互いに1件をクロスライセンスできた場合、大手のビジネス規模が1000億円で自分たちが10億円なら100倍のリターンになります。
(相殺して対価が 1-1=0になるのではなく、100-1=99 になるということ)
 権利化と同時に侵害にも注意を払いましょう。大手は訴訟対策で鍛えられているので、法務・知財の観点から競合する権利を無効化してくる手練手管があります。
 将来の展開を想定した戦略的出願などの手もぜひ打っておくべきです。


イノベーションのジレンマ 増補改訂版 Harvard business school press 技術革新が巨大企業を滅ぼすとき(Amazon)
現状が上手く行っていて真摯にそれを伸ばそうとするがゆえに衰退への道へはまり込んでいく、ビジネスにおける万有引力の法則。
事業のみならず、成長戦略を考える全ての人が読んでおくべき基礎中の基礎教養だと思いますし、逆にそうでなければ通じない会話があります。

以上

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