フイルムからデジタルへの転換を乗り切れずコダックは倒産し、富士フイルムは事業転換に成功して勝ったと賞賛されています。イノベーションのジレンマに直面した企業の対照的な結末は、色んな所で事例として語られ、社外からみれば面白い話なのでしょう。
私が富士フイルムに在職中、社外の方々からこの話をされると、いつも違和感がありました。いったい何に勝ったのでしょうか?ジレンマはどこへ行ったのでしょうか?
組織の中の立ち位置によって見え方や思いはそれぞれ異なるでしょう。
電子映像部門に在籍した私の視点で振り返ってみたいと思います。
観点の違い
私が富士写真フイルム(当時)の電子映像部門にソフト技術者で中途入社した1996年はまだフィルムが絶頂期でした。その年にAPS(Advanced Photo System)という新フィルムカートリッジとそのサービス群がローンチし、まさにフィルム時代最後の花火が上がるとともに、前年カシオQV-10が開いたデジタルカメラ市場の始まりが交差するときでした。
そこから2021年まで、大半を技術部門でデジタルカメラの新機能やアプリケーション開発、写真サービス開発等に従事し、特にコンパクトデジタルカメラ市場がピークを折り返す2007年から4年弱を商品企画課長としてレッドオーシャンのど真ん中で新製品の商品化に格闘しました。
そんな私からみた25年間の大変動はこんな感じです。
- 人々の生活から写真フィルムがほぼ消滅
- プリントする習慣がなくなりネットでシェアするようになった
- コンパクトデジタルカメラとデジタル一眼レフの時代が来て過ぎて行った
- 誰もがスマホカメラで撮り、趣味層は高級ミラーレス一眼で撮る時代になった
世界から数十社が市場参入して一時は1億台を超えたデジカメ市場も、今は一桁社になり市場は1/10以下に縮小、キヤノン、ソニー、ニコンが市場の大半を占めます。
(市場の変遷はCIPAやWikipediaに詳しい情報がたくさんあります。)
富士フイルムは写真フィルムのノウハウを継承した画質がファンに支えられて少数派ながらミラーレス一眼カメラで生き残っています(2021年現在)。
株式市場からみるとどうでしょうか。
- 会社の7割を支える写真フィルム市場がほぼ消滅
- フィルムで蓄積した基礎研究・生産技術を活かした多角化を推進
(高機能材料、メディカル、バイオ、化粧品・・・) - 画像技術とAIでライフサイエンス分野を強化
- 積極的なM&Aでシフトを加速し成長分野のヘルスケア企業へ転換
事業転換で祖業消滅を乗り越えた成功例として評価されコロナ禍にあっても成長している優良企業。
通常は後者の観点で論じていて、イノベーションのジレンマを乗り越える方法を説く「両利きの経営/チャールズ・オライリー」(2020ビジネス書大賞)でも取り上げられました。
アセットを活かした事業転換ですから軸となった分野の人たちは経営陣とともに成功体験となる一方、再三の構造改革で転換先事業にも既存事業にも居場所がなく去っていった大勢の人たちがいます。上司や同僚も部下もいました。今も存続の危機にある事業で奮闘している人たちもいます。
後者の観点で話をされると、社員としては誇らしく感じつつも、個人的には微妙なものがありました。会社は存続しても簡単にみんなが勝者と呼べるようなものではありません。
なぜ多くの人は経営者の立場でもないのに経営者目線で共感しようとするのか、違和感というより腹立たしさだったかもしれません。
KODAK社への評価
写真のデジタル化によって撮影にフィルムが要らなくなれば、お店プリントが不要になる、安心できる保管手段がなくなる、など様々なことが起きます。
KODAKはEasyShareというソリューションでデジタルカメラやホームプリンタも多機種展開し画像保管の新しい方法を模索していました。2000年頃すでに当時最大のオンライン写真サービスの米Ofoto社など有力なネット企業を次々と買収して布石を打ち、フィルムの次の時代の写真ビジネスはインターネットサービスになると宣言していました。
資金力があってM&Aも速い、MicrosoftやHPなどのテクノロジー企業とも親密であり、デジタル化のビジョンも正しそうに見えて我々よりも先行している。手強すぎる存在でした。
しかし、初期の高級カメラこそ自社開発していたものの、固定費削減でプロダクトをODM調達(製品の設計・製造を委託)して空洞化していき、2000年前半のドットコムバブル、次々に生まれるスタートアップに技術者たちがどんどんスピンアウトしていく等、アメリカという環境や時勢による不運も大きかったのではないでしょうか。
会社は消えても、人材の拡散によって蓄積していた技術が多くの会社に広がった功績は大きかったはずです。人材を囲い込んだまま生き延びるのが良いのか、将来性の種を世の中にばら撒いて消えるのが良いのか。経営判断にミスもあったゆえでしょうけれども、危機に瀕して変ろうとせずに倒産した的な安易な解釈には違和感がありました。
この点に言及した本にやっと出合ったのは「野生化するイノベーション/清水洋」(2019)でした。
デジタル写真革命の勝者
コンパクトデジタルカメラは破壊的イノベーションであるスマホカメラに駆逐され、持続的イノベーションのセオリー通り高級機のデジタルカメラが競争領域になりました。
センサーで強みをもち、動画も得意なソニー、一眼レフ時代からプロやハイアマチュアの基盤をもつキヤノンやニコン、リバーサルフィルムの画作りを継承する富士フイルムなどが競っていますが、あまりにハイコンテクストな競争になっていて、デジタルカメラはもう日常生活に寄りそう道具ではなくなっています。機能性能に向上の余地がある限り、ミラーレス一眼カメラの開発競争はまだ続くでしょうが、市場の特殊性は増していく一方です。
日常生活の写真ライフも大きく変わりました。いつも持ち歩いているスマートフォンですぐ写真を撮り、撮ったらすぐクラウドにも保存され、SNSにシェアでき、いつでも見て楽しめます。
いまやiPhoneもAndroid端末もカメラ性能は高級カメラに迫って(部分的には超えて)いますし、端末が壊れても紛失しても、撮った写真はクラウドに残っています。
Facebook/Instagramなどのコミュニティも写真を撮るモチベーションを喚起し、記念日の写真にはたくさんの「いいね!」が付きます。フィルム時代に「ハレとケ」として存在していたシチュエーションも、シェアするための撮影と日常の撮影に形を変えて残り、新しい文化が生まれています。
もはや、撮ること、保存すること、見ること・見せ合えること・・・デジタル化が始まったときの主要な課題は、かつてのカメラと写真業界の有力企業たち抜きで、全て解決されてしまっているのです。
フィルムのデジタル化で生まれた巨大な新市場は、コンデジによる10年の過渡期を経て、GAFAが握りました。
デジタル写真革命の勝者はGAFAです。
既存の写真業界はみんな負けたのだ、ということが分かってない感じに違和感がありました。
競合関係を整理する
本業の危機に瀕して違う会社に転換する会社と、ドメインを拡げて多角化する会社があります。
他業界の例としてメインフレームで圧倒的存在だったIBMでは、43万人の社員のうち34万人が事業転換で去る一方、14万人を新たに採用してスキルセットを入れ替えてハードウエアからサービス事業の会社に生まれ変わったそうです。もしかしたらハードウエアを続けてクラウドコンピューティングの巨人アマゾンAWSになっていた未来もあったかもしれませんが、そうはなりませんでした。
一方アップルはApple Computerという社名からComputerを失ったものの、機器やアプリに加えて、音楽・映画・ゲーム配信、ヘルスケアにも進出しながら、祖業のmacでも顧客を熱狂させています。
MicrosoftもOSとアプリケーションの既存事業を見直し(携帯電話は失敗したけど)クラウドAzureで成功を収めています。
本業を手放して成功したIBMと、継続して成功しているAppleやMicrosoft、富士フイルムはどちらに近いのでしょうか。
IBMにとってのAWSは、KODAKや富士フイルムにとっては何だったのかを考えてみます。
フィルム市場は確かに喪失しますが、写真データにも巨大な新市場機会がありました。フィルムに撮った後の囲い込みが重要なビジネスモデルだったことから考えると、GoogleフォトやiCloudのようにカメラで撮った写真が一手に集まる場所と、Facebookのように誰とでも写真をシェアし合えるプラットフォーマーに相当するはずです。そこを制する機会はあったでしょうか?
結局、デジタル写真革命の中で、KODAKはプリント需要を支配できるプラットフォーマーになろうとしてGAFAの土俵で敗れました。そこで勝負したら誰も勝てなかったかもしれない。
一方、富士フイルムはヘルスケアや高機能材料へ土俵を変えてGAFAとは争わず、デジタル化の投資は新領域に注いだ。そこでの勝敗が問われるのはこれからです。
フィルム時代は両社は正面から競合していましたが、デジタル化の波の中では向かった方向も戦う相手も違っていました。両社を比べて、事業で勝敗を語ることは無意味で、あるとすれば経営の勝敗。
それも違和感の理由だったと思います。
ところで、富士フイルムにはカメラ競争でもなくプラットフォーム競争でもない第3の領域、フォトブックなどの付加価値プリントやオンリーワンのインスタントフィルムを使うチェキなどの写真事業があります。この事業の存続が「写真文化を守る」砦になっています。
最後に思う事
社交辞令の会話でいちいち違和感を感じることもなかったのでしょうが、結局のところ、いろいろな誤解や無理解を含みつつも単純化して分かりやすい話しか伝わらないのが現実なのでしょう。
逆に言えば、自分も様々な事例に接するとき、誤解や無理解の上で納得してしまっている可能性が高いことに気を付けたいと思います。
以上
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