「メタバース」の混乱を解く~結局何が起きているのか

この半年「メタバース」が喧しさを増しています。
VR元年と呼ばれた2016年からVRゴーグルの販売数も拡大し年間1千万台を超える段階にきたようです。
新刊が相次ぎ、WebやTV番組でも露出が増えました。
私もOculus Questのユーザーですが突然何かが変ったようには思えません。
立場の異なる著者の本を数冊読んで大枠の把握を試みました。(参考図書を最後に掲載)

結論から

私はVRに関して多少知見がある元エンジニアで、投資や開発での利害関係はなく、VRゴーグルでゲームやエクササイズを楽むユーザーの一人です。
その立場からみて、結局こういうことかなと思います。

1.仮想空間の技術はゲームチェンジとなる大きな市場を生み出しつつある
 「メタバース」がバズったのでムーブメントが見える化された

2.応用はゲーム、ソーシャル、エンタメ、ビジネス、産業用など多岐に渡る
  FacebookがデモするメタバースはソーシャルVRへの適用例の1つ

3.業界毎に時間軸は異なるが動きが加速して2~3年で変化が現れそうだ
  データ分析/AIに続いて今後は3D技術者/クリエーターがひっ迫する

4.Web3は必須ではないがお金の匂いを振りまく芳香剤
  将来的に有望な結合だが現状は投機対象なので注意したほうがよい

5.スマホのように身近になるのは早くとも10年後
  本来の定義を満たす「メタバース」が実現するのはさらに未来

盛り上がりの背景

2016年ごろからVRゴーグルの高性能化と低価格化が目に見えて進展し、参入企業やコンテンツが増えました。仮想空間を共有するコミュニケーション型オンラインゲーム(MMORPG)の規模も急拡大してゲームプラットフォーマがGAFAと衝突するようになりました。3D-CG技術と物理シミュレーションエンジンの進歩、大容量クラウドとAI、高速通信網などがかけ合わさって、仮想空間を応用した大きな事業機会が生まれつつあるのに、このムーブメントに適切なネーミングが付いていない(可視化されていない)状況が背景にあったと思います。

そこに2021年秋、OculusをもつFacebookが100億ドル投資してメタバースの会社になると宣言しMetaへと社名変更したことで一気に「メタバース」がバズワード化しました。テック巨人がこれほどの規模感と集中力で取り組むとなれば、「メタバース」に注目が集まり、誰もが大きな変化の始まりを確信します。

以前から関連領域にリソースを投じて機会を窺っていた人たちが大勢います。
投資を集める、株価を上げる、顧客を増やす、仲間を増やす・・・もはや自分から行かなくても集客したいメディアが食いつくので、そういう絶好のチャンスを得た人たちの発信がいっぺんに溢れかえるのは自然な成り行きと言えます。

発端の「メタバース」(造語)ではコンピューターが作り出す3次元の仮想空間だけでなく、永続性やリアルタイム性、経済が機能することなど7つの条件※が挙げられています。
※参考リンク:ITメディア記事「次に来るのは「メタバース」なのか フェイスブックが動く」ほか

すべて満たすのは技術面や法制度ほかハードルが多く、今まだないどころか、正直いつできるかもわからない。そのため、発信者は立場に応じて都合のよい解釈で、実現可能なメタバースを語っています。
「メタバース」は仮想空間を使って実現するもの諸々をひっくるめた曖昧ワードになっています。

また、同時期に暗号資産やNFTで「Web3」がバズっているのも拍車をかけます。
メタバースとWeb3は双方に必須要件ではないにも関わらず、将来のかけ合わせへの期待が大きく、どちらの話題にも一方が引用されて露出が増えます。
メタバース自体にはお金の匂いがまだ薄いのに対し、Web3は暗号資産やNFTは金まみれです。
個人から大企業まで様々な反応がネットに流れて、誤解と混乱を引き起こしつつ、更に話題が増える循環になっています。

ポジションの分類

一般論として、ゲームチェンジが起きるときに4つの領域ができます。(下図参照)
まず既存の競争軸での序列が固定化してくると、新しい価値軸できてフロンティアが生まれます。
この機会に、既存の軸では優位な既得権者が幅を利かせていても、新しい軸で秀でた人、新しい軸に早く乗り出した人は、フロンティアで成功することで出し抜けます。

xx革命のように呼ばれた新機軸もやがて時間が経つと既得権者が増えていき、別軸としての意味が薄れて既存軸になってしまいます。
こういうゲームチェンジはいままでも何度も繰り返されています。

インターネットが発展していくときのITリテラシーも新機軸でしたし、それが既存産業をディスラプトした後の勢力図が固定化してきたことで、また新しい軸が求められています。
メタバースがその1つになろうとしています。

様々な発信者がいますが、ほぼポジショントークであることを理解する必要があると思います。

(1)仮想世界を活用して現実世界で成功したい事業者(図の右上へ向かう)

AR/MR、デジタルツイン、3D-CGコンテンツに投資し、ビジネス用途やエンタメ・観光などリアルとの相乗効果を生み出そうとする。
先行している人たちは新規事業を加速し、お金や人材・顧客を引き付けるために煽りたい発信となる。
感度の高い既存の成功事業者はDX推進とともに取り組みをステークホルダーにアピールしている。
この領域に強い人材へのニーズが更に高まり(すでに取り合いも始まり)人材市場も賑わう。
現時点で最も先行しているのはゲーム・アミューズメント業界といえる。

(2)仮想世界の中で活躍したい人(図の左上へ向かう)

今の技術ですでに没入型ソーシャルVRのコミュニティがあり、可処分時間の多くを仮想空間内で生活しVR飲み会、VR睡眠など独特の生活習慣も生まれている。
現実世界でのハンディキャップに関係なく、早期に移住した人には人脈メリット、特にクリエーターは新世界の構築に寄与できる。
経済圏が十分育てばハンディキャップを抱える人やクリエーターたちの稼げる機会が拡がるので、後続の移住者を勧誘する発信(現実での不自由さ制約から解放されて誰でもなりたい自分になれる等)になる。 ただ、幅広くユーザーを集めたいプラットフォーム企業は、先住民の話題性を利用しつつも、現実逃避的な印象を与えないブランディングが必要と思われる。
仮想世界で知名度の上がった先住民をリアルでも成功させる(右上へ移動させる)プロモーションを始めるかもしれない。

(3)現実世界が大事な生活者・事業者(図の右下)

必要には迫られず、都合に応じてVRのメリットを享受できればよい生活者が多数である(私も)。
例えばブログを開設する様に自分の仮想空間が作れるサービスが出来たら右上に移動していく人も増えるが、いま騒ぐネタはない。
産業全体では現実世界に重要な膨大な業界・職業がある(仮想世界のその上に成り立つ)一方で、メタバースが代替品の脅威をもたらす業界・職業もある。代替品のスキルセットは既存事業と全く異なるため、右上に移動しづらく、ジレンマに苦しむ経営者が出てくるだろう。
潜在的な脅威を感じてメタバースに否定的な願望を抱いている職場は多いかもしれないが様子見していて発信はしない。既存の事業で大成功を収めている事業者はネガティブな発信をするかもしれない。

(4)どっちも苦手(図の左下)

左上に向かうリテラシーがある人はイノベーターやアーリーアダプターであり、新機軸でもやっぱり上手く立ち回れないマジョリティの多くが取り残される問題は残ってしまう。
残る側の人の多くは嫌悪感に近い無関心だろう。

混乱を解くポイント

混乱するのはバズワード特有の曖昧さだけでなく、都合よく誤解させられている部分もあると感じます。私が気付いたポイントを6点挙げました。

ポジショントークに惑わされている

前記のとおりそれぞれ立場からの狙いがあって発信しています。
その意図を理解しないと、何かすぐに手を打たないとまずい気がして不安に駆られます。
乗り遅れると損する、自分だけが機会損失しているような話に聞こえる(ように言っている)ものがあるのもどうかと思う。
意図を理解すれば、冷静に受け止められます。

但し、新しい分野の話は、ある程度の知識量が溜まらないと、既存の知識と紐づけて整理ができず取捨が難しいです。仕事への影響が心配であれば、短期集中で(できれば検討チームで)調べて一度分析して腹落ちしておくべきです。
ソフト開発者・クリエーターは変化に対応したリスキリングすべきか考え始めても損はないと思います。

本当に大きく変わるのはメタバースとともに育った世代が社会に出てくる10年後です。

分かりやすい話だけが短絡する

現時点でビジュアル的に分かりやすく話題性もあるソーシャルVR(前図の左上)の紹介をみて「メタバース」をイメージし、一方でこれから世界に与える主流領域(前図の右上)の規模感の情報が入ってきて、これが脳内でつながってしまうと
「世界中が仮想空間で暮らすようになるのか?!」
となってしまいます。
仮想空間を作り出すために(生命維持のためにも)現実世界でどれほど膨大な産業が関わっているか考えたらあり得ませんし。
意図的に勘違いを誘導して釣ろうとするメディアもあると思います。

文脈によって違うものを指しているバズワード特有の曖昧さに注意が必要です。

タイムスケールの違う話が混在する

今起きていること、2~3年の計画、5年10年の構想、20年先の展望(技術だけではなく社会環境として)とレベル感がことなるものが混在します。
直近のもので説得力を高め、将来を描いてバックキャストすると、10年後、5年後、3年後、どれも実現味を感じます。企業内での中長期戦略、ロードマップも似たようなところがありますが・・・
2年で出来るものと10年かかるものを同列を並べて、もうすぐこんなことが実現できます的な話もあります。
いつの話をしているのか?プレゼンのトリックに騙されないように。

因みにVRゴーグルの普及ですが、コンパクトデジカメが「普及した」頃の販売量は毎年1億台ペースでした。いまスマホは年間12億台、スマートスピーカー1億台、スマートスピーカーが普及した実感はありませんよね。これからVRゴーグルが普及したと言える状態になるには年間数億台は必要でしょう。5年以上はかかります。
大観衆が同時にアバターで同一空間に入れるのは10年先でしょうし、ブレインマシンインタフェースは20年先。
仮想世界のGDPがリアルのそれを超える可能性?って何十年先の話でしょうか。
確実性のある話と、願望込みの予想とを分けて聞く必要があります。

「世界」の意味がまちまちなこと

没入型ソーシャルVRで「世界」の人とつながるといってもVRゴーグルとインフラがある環境がまだ限られて、スマホでつながるインスタとは景色が違いすぎます。
一方で産業用途では新興国含めた広い「世界」を対象に進めていたりする。
仮想空間に国境はないとは言ってもメタバースが語られる文脈によって「世界」の範囲が異なるのも注意が必要に思います。
コンテンツ大国の日本の強みが発揮できるVRコンテンツで世界市場へ、は私も期待が高まりますが、いつどの形態のVRかで母数が全く違います。

ふわっとした話だけで納得しない方が良いです。

「誰もが」に対する違和感

「誰もが現実世界の制約から解放されてなりたい自分になれる、ハンディキャップがなくなる、コミュニケーションしやすい、クリエイターエコノミーがある等々」

没入型ソーシャルVRで顕著なのですが、現時点で発信されている人たちは、きわめて適性が高く早い段階で入ってポジションを築けた人です。
誰もがアバターを駆使するコミュ力があるわけでないし、みんな美少女キャラで希少性がなくても差別化できる話術があるとも限らない。
早く有名になったクリエイターには仕事が集まるが後から入った無名クリエイターは稼げるのか。
外見のハンデがないと言うがお金をかけたアバターと無料アバターで引け目は感じないのか。
結局、現実世界とは別の評価軸での序列ができて、リア充がメタ充に変わるだけで、制約やハンディ、不満は形を変えるだけの気がします。

なぜ既存の価値軸と違って「誰もが」と言えるのか?その疑問に答えている人がいません。

リアルの会場ではありえない大観衆をあつめたライブが出来たり、リアルの制限を超えたことが出来る可能性は素晴らしい反面、一部のスターが莫大な富を築き一般人との格差は拡大する。
むしろ現実世界以上に絶望的な格差社会にならないのでしょうか。
疑問は尽きません。

Web3が持ち込む胡散臭さ

暗号資産やNFTの経験者はまだ少ないため、仮想空間上の土地区画をNFT(暗号資産で購入する)で分譲して高騰している状況が理解不能でしょう。
機能性だけでいえば従来のゲーム内の希少アイテムに課金するのと同じはずですが、アイテム自体の価値よりもNFTの資産性が投機対象になり、その高騰ぶりでメタバースが胡散臭く見える状況です。
収益性がよく見えないメタバース界隈にお金を呼び込む効果はあるかもしれませんが・・・
非中央集権(Decentralized)な仮想空間を跨いでスマートコントラクトが永続するメタ―バースなど理想像は良くても、実現性が不明な未来の話であり、そのビジョンに便乗して今時点で必須ではないWeb3を先乗りさせて金儲けしているように見えます。

メタバースを利用したWeb3ビジネスはメタバースの本質ではないので当面Web3は切り離して考えた方が良いです。

⇒ ということで、冒頭に書いたような現状のサマリーになりました。

余談:私とVR

30年ほど前に、操縦訓練用シミュレーターの映像システムの開発に携わっていました。
人がまるごと乗り込むVR装置(設置用に専用の建屋が必要だったりする)といえます。
油圧で動く台上に実機と同じ操縦席とそれを取り囲むスクリーンがあって、操縦に合わせて台が動いて6軸の加速度を感じるとともに、コンピュータグラフィクス(3D-CG)でリアルタイムに生成された模擬視界映像が見えます。
今どきの映像に比べると粗いものでしたがシステムとしてはプロのパイロットの訓練ができる完成度がありました。(億円の単位のシロモノでしたが)

ANAホームページ・フライトシミュレーター紹介から引用

自動車や電車、船舶用などのシミュレーターもあって、面白いのは、動かない船舶用甲板で夜の港湾の航行シミュレーションに乗ると一瞬潮の香がした気がしたり、甲板を降りると揺れない陸に上がった安心感を感じたりしました。
当時ヘッドマウントディスプレイは最先端の研究であり未来の話でした。
大がかりで桁外れなコストのシミュレーターも、将来はきっと身近なものになって個人で占有できる日が来るだろうとワクワクしたものでした。

趣味ではリバーサルフィルムの写真を両目間隔で2枚撮り、左右の眼にスライドビューアをあてて立体視しました。アナログですが鮮やかで美しいものでした。
前職のデジタルカメラ事業では3Dカメラの商品開発に関わり、残念ながら10年前に3Dブームの失速を経験しました。
その数年後にVR元年が到来、タイミングとは運なのか必然なのか、難しいものです。

富士フイルム FinePix REAL 3Dカメラ

Google Cardboard(スマホを装着して見る立体視ゴーグル)が出て、3Dカメラの動画をYouTubeに上げて観なおした時期もありました。

映画「パイレーツオブカリビアン最後の海賊」公開では4DX3D劇場とScreenX(お台場にある3画面270度投影)の両方を観に行って臨場感の違いを確かめました。
この頃読んだVR本としては、後者が一押しです。
2016年「VRビジネスの衝撃 仮想世界が巨大マネーを生む/新清士」(NHK出版)
2019年「VRは脳をどう変えるか? 仮想現実の心理学/ジェレミー・ベイレンソン」(文藝春秋)

2019年にはスタンドアロンで使える6DOF(3軸の首振りと3軸の移動に視界が連動する)のVRゴーグルOculus Questが登場しました。
飛びついて入手し、その没入体験とコスパに、ついにここまで来たのかと嬉しい衝撃でした。
ハードウエアの性能やコスト、サイズの問題だけでなく、秀逸なユーザーインタフェース、コンテンツやシナリオを作る大変さも想像できます。
デザイナーやアプリケーション開発者らの努力にもリスペクトしかありません。

2022現在、3年前のOculus Questの後継機の Meta Quest2になっている。
そろそろ新機種の発表もあるようですが・・・

これからもVRを楽しもうと思います。

以上


参考にした図書5冊と簡単なコメントを付けておきます。

世界2.0 メタバースの歩き方と創り方 (幻冬舎単行本)
佐藤航陽 2022/3/31

タイトルにメタバースが入っているが、今後の世界の向かう方向、そこでの事業創出への考え方など、より俯瞰した観点から語っている。既存世界のビジネスで成功歴があり3D-CGビジネスを展開している図右上領域の人。
メタバースに関心がなくても大いに参考になると思う。

メタバース さよならアトムの時代 (集英社ノンフィクション)
加藤直人 2022/4/5

VR空間でのイベントプラットフォーム Cluster 創業者。
起業家たちがメタバースにどんな可能性を見出していて、何をしようとしているのか、いまどんな課題を抱えているのかがわかる。

メタバースとWeb3
國光 宏尚 2022/3/30

投資家であり起業家。いくつもアワードを得ているVRゲーム「ソードオブガルガンチュア」を開発したThirdverse代表。
VRビジネスよりもDAO/Web3の可能性に魅せられているようで、メタバースよりはWeb3の勉強に読むに向いている感じ。
ちなみに「VRビジネスの衝撃」著者の新清士さんも同社取締役。

メタバース進化論――仮想現実の荒野に芽吹く「解放」と「創造」の新世界
バーチャル美少女ねむ 2022/3/19

すでに仮想空間VRChatに移住して成功している図左上の人。
適性があったからこそ早期に入植して居場所を作れたので、誰もが著者の真似はできない前提で読む必要がある。
常駐者ならではの視点、コミュニティの実態調査の結果など、非常に示唆に富む情報が得られる。

メタバースとは何か~ネット上の「もう一つの世界」 (光文社新書)
岡嶋 裕史 2021/12/24

もっともニュートラルで網羅性もあって読みやすく感じた。
(年齢が一番私に近いせいかも?見覚えある名前なので読書記録調べたら10年前に別の著書を読んだことがありました。)
著書多数の研究者なので説明の組み立てもこなれている。

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