旅行カメラを作れ~誤った目標設定の教訓

コンパクトデジタルカメラ(コンデジ)開発競争が激しかった2000年代後半、競合他社のヒット商品を参考に「旅行カメラ」という商品開発テーマが設定されたことがありました。
果たして狙い通りのヒット商品は生み出せたのでしょうか?
試行錯誤の経緯を振り返りました。

旅行カメラを作れ

各社が様々なタイプのコンデジを発売して熾烈な市場シェア争いをしていた時代です。
キヤノンやニコンはフィルム時代からの高級カメラのブランド力でコンデジも当然存在感ありましたし、カシオやソニーのコンデジも薄型でデザインがよくデジタル感もあって売れていました。
各社ともにユーザー調査からニーズを吸い上げ、他社より早くオリジナリティのある商品で差別化してシェアを上げようと競います。ユーザー調査データは実のところマルチクライアント(互いに匿名の数社が相乗りで調査会社に出費して委託)なので、競合各社も同じデータを見ているために似たような課題を抽出し、益々同じような競争軸になってしまいます。かつて自動車や家電などで競合メーカー同士がなぜか似たようなコンセプトやデザインを出してくることがあったのと同じです。

そんな中、特別尖らせた所がない様に見えるパナソニックのオーソドックスなコンデジの兄弟機種が常にヒット上位で売れていました。

なぜあの機種ばかりそんなに売れるんだ?各社とても悔しがっていたはずです。
上位機種の購入層を調べると比較的年配客が多く、旅行に持っていくので購入する人が多いようでした。
コンデジでは高めの価格(つまり利益率も良くメーカーにとってはおいしい)なのですが金銭的に余裕がある客層に売れているのです。羨ましい。雑誌も「旅行に持っていくならこのカメラ」のような特集があり、営業からは「旅行カメラならコレ」と一番になれるネタを求められます。
かくして、商品企画と開発陣に対し「旅行カメラ」を深堀して特徴のある商品を開発せよ、となったわけです。

模索の始まり

パナソニックのモデルは使い易くてスペック的にも弱点がなくバランスの良い商品でした。
フィルムコンパクトカメラから違和感のない(奇抜性のない)デザイン、分かりやすいモードダイヤル、フイルムカメラより画角が狭いコンデジが多い中では少し広角から撮れるレンズを採用していて小型3倍ズームと少し大きい10倍ズームでシリーズ展開。
レンズにライカのブランドを使うのも家電メーカー臭さを緩和する上手いマーケティングだったと思います。

既に成熟市場で客層はマジョリティーに移行しているので、特定の機能やスペックでとがらせて差別化すれば飛びつく人もいる反面ミートゾーンは狭くなる面もあります。
ズーム倍率が大きい(そのせいで流行の薄型モデルよりもずんぐり大きくなっている)以外は、普通のカメラにはない旅行カメラの差別化はこれだ!という飛び道具がないように見えるため、単に真似しても意味がないと当時の社内のメンバーはみな考えました。

プリントサービスの人たちには「あけぺりこ」という言葉があります。
フィルム時代に撮られていた写真の5種類の鉄板ネタを表したものです。

 : 赤ちゃん
 : 結婚
 : ペット
 : 旅行
 : こども

長年の写真サービスの経験を通じて、旅行写真をはじめ人々がどんな写真を大事にするか、社内に知見があるはずだ。だからこそ、まだ他のメーカーがどこも気付いていない、
「なるほど!これが旅行カメラか」
とみんなが納得する何か、答えがあるのではないか?
それを見つけるべきだ、というエモーショナルな動機が共有されて、宝さがしの旅が始まったのです。

見つからない突破口

ユーザー調査、レジャー白書、写真スポット情報から旅行グッズ関連・・・など情報をかき集めました。
材料は十分揃っているように思えるのに、ペルソナやカスタマージャーニーを考え議論を続けましたが突破口が見えてきません。
風景用の超広角、もっと遠くを撮る望遠、最長バッテリー寿命、小型最軽量、などスペック的ないものねだり。
或いは、風景を何種類にも分類するオートモードなど得失が分かりづらいもの。
予備バッテリーや便利なストラップなど、後付けでしかないもの。
旅のフォトブックサービス付きなど、カメラに必然性がないもの。
等々・・・

作例から課題を発見するアプローチも行いました。
旅先での失敗写真の共通点から機能提案の材料を探すべく、社員のプライベートの旅行写真を募集して数万枚を分析しました。当時は今のようなAIが使えませんから、画像ビューアを改造した手動タグ付けツールを作り、全画像に人手でタグ付けを行ってデータ化しました。(平均的な日本人の顔の大きさと写っている写真の画角から被写体距離を概算するなど一部処理は自動で行っています)
いくつか挙げると、

.失敗しやすいシーン
・明暗差の大きい写真(室内から窓際の人物と窓の風景を撮るようなケース)
・暗いシーンでの写真(夜景と人物が手振れと被写体ブレになるケース) 
確かにあるが旅行に限らない既存課題であり、出現頻度も小さかった。(但し克服できるカメラならもっと撮っているかもしれない。)

2.被写体距離の特徴
 人物はほとんど近距離で撮られており遠景で人を撮るシーンは少なかった。
 家族旅行のサンプルが多かったせいか平凡すぎる結果に逆に驚きました。

3.被写体種類の特徴
 景観以外にも、普段あまり撮らないモノ(記念碑、置物、花等)や食べ物もよく撮られている。
 但し特別な機能を必要としない。

結局「家族の旅行写真とは、旅行を舞台にした家族写真そのものである」という気付きはあったものの、ユーザーに刺さる提案は見つかりませんでした。

旅行カメラはなかった

2年ほど模索は続きましたが明確な答えは出せぬまま活動は縮小してしまいました。

ユーザーアンケートで「旅行に行くので買った」と答えた人が多くても、実際には、旅行のためだけにカメラを買わないでしょう。普段使いできるオールマイティなカメラが欲しかったのを旅行をきっかけに購買しただけです。

結論としてはパナソニックが正しく、旅行用の差別化機能よりはオールマイティで使い易いカメラ、に収束していきました。
広角がフィルム換算で28mmくらいで3倍から5倍程度のズームレンズ、それを旅行に持っていくための便利なアクセサリーが揃っていれば、好きなカメラを「旅行にも」持っていって楽しむことができる。
実際、ミラーレス一眼の基本セットもそういうスペックです。
レンズ交換できないコンパクトでは、望遠(ズーム倍率のスペック)はあれば安心な備え。

富士フイルム Xシリーズ紹介サイトより(リンクあり)

この条件がないと旅行カメラとは呼べない、とか、旅行先で大活躍する「旅行モード」ボタンがあるとか、そういうものは幻想でした。
「旅行カメラ」という間違った課題設定に早く気づくべきでした。

検討したものの当時実現性のなかったもの等はカメラ共通の課題へと吸収されていきました。
ちなみに、数年後にGPSや地図アプリが急速に普及したのに伴って各社がGPS搭載カメラを出し、超広角の代替となるパノラマ撮影(撮りながらぐるっと向きを変えることで映像がつながった画像ができる)機能がプロセッサの処理能力向上に伴ってこれも各社ほぼ揃って登場しました。
GPS搭載カメラは使い勝手の悪さからほぼ消滅しましたが、パノラマ撮影機能は標準機能になり、今はミラーレス一眼にもスマホカメラにも標準でついています。

余談:もう一つの気付き

実は私個人的には旅行カメラの探索のなかで別の発見がありました。
ある年に撮影した自分の写真を、旅行写真とそれ以外の日常写真とで傾向を比較したものです。
(正確なデータが残っていないのでイメージを再現しています)

何年も前から家族の写真に自分が写っていないことにずっと不満でした。
撮り手が自分ばかりだからですが、それが、旅行写真ではなんと3倍も写っていたのです。(図中の「自分」)
旅行先という非日常の効果で、普段はカメラを使いたがらない家族が代わって撮ってくれたり、全員一緒に撮ってもらったりすることで自分が写る枚数が跳ね上がるのです。それ以来、撮ってばかりで自分の写真が少ないとご不満のお父さんは、家族と旅行に行け、とあちこちで啓蒙してまわっていました。
今ではスマホで自撮りが普通の時代になって無用のアドバイスになってしまいました。
なお、定量化していませんが、母親の撮る子供の写真は温もりの距離で、父親は見守りの距離(望遠)という傾向もある気がしています。

迷走からの教訓

旅行カメラの失敗の教訓を3点を挙げておきます。

データの罠にはまらない

良い提案でも調査データを根拠に説明しないと会議で通りづらいため、どうしても調査データに頼りたい意識が働きます。有益そうなデータが集まっていると絶対そこに解があると期待してしまいます。
そして、期待を持ってパターンを探すことで疑似相関や本来ないパターン(壁のシミに人の顔を見るように)を見い出してしまい、何度も惑わされます。
知識や情報が揃っているときこそ、データに囚われ過ぎないようにしたい。

間違った目標を追わない

目的特化には向き不向きがあります。
実は「あけぺりこ」的着想から「ペット撮りカメラ」「子供撮りカメラ」という検討もしていた時期があったのですが、やはり実を結んでいません。一方でアクションカムがジャンルを確立したように、撮る対象ではなく使い方に特化する方向には成功例があります。ライフスタイルに特化した自動車や、客層を絞ったらくらくホンなどの事例もあります。
目指すものが製品の特性とマッチしているか、思い込みで流されずによく考察するべきでした。
間違った目標を追うと多くの労力が無駄になります。繁忙を極めたあの当時、どうせ徒労になるのだったら疲弊した社員をその分休ませてぐっすり睡眠をとっていれば、他でもっと良いものが生み出せたはずだと思うと悔しいです。

顧客視点を失わない

何よりも最大の問題点は、忙しすぎて自分たち自身が旅行カメラのユーザーになっていなかったことでした。コンシューマプロダクトでありながら顧客視点を欠いたまま検討を続けても良い案が生まれるわけもありません。
近年は働き方改革が進んでいます。これからは作り手の現場の多くで顧客視点で考える余裕が生まれ、調査データに振り回されたり間違った目標で消耗することなく、顧客価値の創造に集中できることを願っています。

以上

旅行カメラを作れ~誤った目標設定の教訓” への8件のフィードバック

  1. 「旅行カメラ」といえば、その頃にデジカメと連携するGPSユニットも某社から発売されていました。因みに某社のGPSユニットですが、初回の企画台数はお粗末な数量でしたが、いざ発売するとその倍の数が売れたという事で、その後何機種か出ていましたね。

    当時は単3乾電池を1本いれて丸1日持たなかったと記憶していますけど、ロガーのデータと撮影した写真をPCに取り込んでマッチングさせる、今となっては原始的な方法で写真に付加させていました。

    写真にGPS情報を付加させた後は、地図上にサムネイルや歩いた軌道を表示したりして、旅行の想い出をこれまでのアルバムや日付だけない方法で表示するようなアプリを数本開発した記憶があります。

    また、今と違い地図データが結構重くて、カメラやアプリに簡易的な地図を持つことを検討したり逆ジオコーディングによってランドマークや地名を表示するなどでGoogleや地図会社に掛け合ったりしましたね。
    今は、有料・無料を含めて色々選べて便利な時代になりました。

    1. GPSロガーありましたね!
      私も当時、地図上にサムネイルや軌跡を表示するアプリ機能を作りました・・・
      「創って作って売る」中心の事業体質だったので、出してみないと分からない従量課金を払うような製品運用体制がなくて苦労しました。
      従量課金のGoogleMapのAPIを使うため事前見積りに悩み、年間費用の予算枠確保ではどこも自分の仕事じゃないと言ってたらい回しになって(笑)。
      新しい取り組みをしないと競争できない一方で、従来にないことをするには障害が多いのが組織の現実でした。
      DXはその大波版なので現業に最適化した組織ほど変化が難しいのも無理ないですね。
      ちなみに、今では普通にスマホカメラで撮れば旅行先の位置情報が付くので便利になったものです。

      1. 従量課金については、各社悩んでいました。ただGoogleの当時の法人営業曰く「考えている程、上がらないですよ」というコメントは今でも覚えていますけど、印象的でした。
        地図をタダで使う条件は、その時は誰でもアプリが使えるようにするでしたが、当時アプリはCDで提供していたので、製品を買ったユーザーしか使えないだと有料になるため、アプリ本体はCDで提供して地図表示はインターネットからDL提供して、地図情報の入ったJPEGを表示するだけのアプリを提供していました(組み合わせるとアプリ本体と連携できる)。

        現在は確かに、スマホが持っていきましたが、地図情報が個人情報の一部になる可能性があるという事で、結局はアプリの設定でGPS情報をON/OFFできるようにするなど、ITリテラシーのないユーザーには訳のわからない設定項目が増える要因ですね。

  2. PS:「顧客視点」は大事ですね。特にコンシューマプロダクトに関わっているならなおのこと。
    じゃ〜メーカーなら製品を沢山使わないと行けないか?というと、そうじゃなくて逆の発想として、自分はその製品を使わないけど、使いたくなるためのソリューションを考えれば良い事って思うんですよね。

    1. ニーズを言語化できるBtoBの顧客と違って、コンシューマは答えを持っていないので聞いたことに短絡的に応えようとすると失敗するので、共感力・洞察力を大事にしたいですね。
      忙しすぎると心を亡くして短絡的なソリューションに傾くので、発想できる余力をぜひ確保して下さい!

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