ジレンマに陥った事業の危険な兆候とは

イノベーションのジレンマは、気付いても構造的に抜け出せない恐ろしさがありますが、それ以前に当事者には気付きづらい面があります。実際、登場する代替品がすべて破壊的イノベーションに育つわけではなく、既存の事業者は勝てると考える限りアクセルを踏みます。
写真フィルムがデジカメを経てスマホになっていく中で遭遇した出来事から、危険な兆候の共通点を考えてみます。
※「コンデジ」はコンパクトデジタルカメラの略称です

iPhone商品紹介サイト、Instagramホームページより

繰り返されるジレンマ

CCDセンサーを使ったデジタルカメラが出てきたとき、長年フィルム写真を手掛けてきた人たちの多くは、その画質の悪さを「おもちゃ」だと評しました。フィルムに塗布している感光材料は分子レベルでコントロールしており撮像センサーがフィルム写真に追いつくことは絶対にない、とさえ断言する人もいました。暗視ゴーグルをかけて乳剤を塗ってフィルム作り・試写・現像する研修を受た私も、知れば知るほど、創業事業50年の歴史には反論しがたい重みがありました。

デジカメの時代になって写メールの携帯が出てきたとき、デジカメの開発者の多くは、その画質の悪さを「おもちゃ」だと評しました。小さいレンズやセンサーからくる光学的制約から、満足できる写真はちゃんとしたカメラが必要だと考えていました。
Instagramが出てきたときも画質のプロたちの目には簡単に模倣可能な技術で一時のブームに見えました。
ミラーレスが出てきたとき一眼レフの開発者たちも、物理的に光学ファインダーの実像を置き換えることは不可能であって、プロがミラーレスを使うようになるはずがないと思ったのではないでしょうか。

大型計算機からミニコン、パソコンへと主役交代したように、時代が変わっても、業界が違っても、同じことが何度も起きています。

破壊的イノベーションの5条件

新しい技術に遭遇したとき、当事者にとってはそれが破壊者かどうかを見抜くのは、後知恵で思うほど自明ではないのです。既存事業に対する確証バイアスを避けるため、かつて仲間と議論して名著「イノベーションのジレンマ」(クレイトン・クリステンセン)から抽出した5つの条件がありました。

  1. 主流技術に対してシンプルで低コストな要素の組み合わせである
  2. 主流市場の用途・基準では性能や品質が低くて(最初は)相手にされない
  3. 主流市場では機能性能の向上がすでに顧客の必要十分以上に達している
  4. 主流市場では不利となる特性が、小さい新市場では逆に利点になっている
  5. 新市場の急成長で技術も進み、主流市場の旧技術を置換可能になってしまう

レンズ交換型の高性能モデルは「一眼レフ」が常識だった2010年頃にミラーレスをこれで評価すると、破壊的イノベーションになる可能性がありました。社内でもミラーレスの将来性を信じる人が多かったのですが、客観性よりもキャノン・ニコンに対抗する一眼レフを持たなかった事情が大きかったと思います。
一方で、後述するように新興市場でコンデジが販売好調になり勢いづいている時に、スマートフォンカメラの浸食を予測して上級機シフトを進言したときは、水を差すのかと言われ受け入れられませんでした。
バイアスの壁は厚いのです。

なぜ見誤るのか

破壊的イノベーションに対する誤った認識は2段階あります。

  • 破壊的イノベーションだと気付かない
  • 気付いているが逆転するのはずっと先だと思っている

上記条件1~3の検証は分かりやすいのですが、4と5を見抜くのが大変難しいように思います。
特に条件5は未来予測が求められ、5の結果が出た後から見たら当然に思えることが、前もって、いつどの程度の規模で起きるのか、わからないのです。株価のチャートを後からみて売り時・買い時を振り返っているようなものでしょうか。
スティーブ・ジョブズでさえも、変化は予測できるがそれが正確にいつなのかまでは予測できないのだ、と言っていました。(注:どの本で読んだのか見つからなかったので、見つけたら追記します)

実際問題として、早い段階で気付くかどうかの問題よりも、異変には気付いているのに破壊が顕在化しないと本気で動かないことが問題に思えます。しかし一旦変化が顕在化すると急激に進んでしまいます。
スマホのカメラもいつかはデジカメを駆逐するときが来るかもと思っている、だけどそれがいつ起きるのかは分からない。少なくとも大きな影響がまだない今日明日は目の前の成果を刈り取りたい、重大な意思決定を伴う施策は変化が顕在化するまで先送りしたいと考えてしまう。
事業リスクが増えても、意思決定のリスクを冒さない方を我々は選んでしまうもののようです。

共通の兆候を見る

破壊の危機が迫っている兆候の現れ方は業種によって異なると思いますが、一例として、フィルムからデジタル、カメラからスマホへの過程で、商品開発の現場で見た共通点を3つ挙げたいと思います。

  • 新しい事業機会への協力を拒む
  • 新興市場に望みを託そうとする
  • 過去最高の製品が生まれる

これらが揃ってしまったときはもう遅いのかもしれませんが・・・抜本的な施策を急ぐべき状況に気付く参考になればと思います。

新しい事業機会への協力を拒む

フィルム事業はデジカメ事業を支援せず
1996年頃のデジタル化は、まず撮るのはフィルムで、現像後をデジタルで活用、の構想がありました。
現像に出すとプリントだけでなくデジタル画像で記録したPictureCDが作れ、写真をデータで送ってフィルムなしにプリントできる、など事業機会が広がります。フィルム事業からみるとデジカメは(まだ質は悪いが)サービスに入力される写真データの入口が1つ増えるのですから協力関係でした。
実際、フィルムとカメラの大手5社で規格化したAPS(24mmフイルムカートリッジ)をデジタル活用するシステムは電子映像の事業部が共同で開発していました。

やがて電子映像がデジタルカメラ事業となりフィルム市場が縮小し、フィルム事業とデジタルカメラ事業は競合関係になります。会社全体ではカニバリを恐れずに両方の事業を推進しますが、事業部の現場では軋轢が生まれます。圧倒的王者だったコダックに並ぶところまできたプライド高い創業事業と、歴史も浅くまだ利益貢献もない事業部。しかし世の中の関心はデジタルカメラに集まる。フィルム事業からみたらデジカメが目の敵になるのも無理はありません(もちろん、目の敵にする人ばかりではなく職位によっても温度差はありましたが)。フィルムが減っても撮影機会はむしろ増えておりプリントへの誘導が大きなテーマになって、プリントに繋がる話以外では協力関係は得られづらくなりました。

現在の富士フイルムのデジタルカメラはVelvia, ASTIAといったリバーサルフィルムの画作りで撮影できる「フィルムシミュレーション」が特徴ですが、当初はフィルムの商標権をもつフィルム事業部から名称の使用許可が得られず、Fモードという別名で出していましたが訴求力は今一つでした。フィルム事業にとっては害こそあれ利点がなく、完全なジレンマです。

因みに、2009年にはフィルムブランド名を前面に出した「フィルムシミュレーション」になり重要な特徴になっていきました。その画作りが簡単に真似されていないのは、画像データの特徴を技術的に分析しただけでは、なぜそういう諧調にするのか、なぜその色を強調するのか、といった色再現に込められた設計思想は分からないからです。フィルム開発はなくなりましたがフィルムを熟知した人たちの一部はデジカメ事業に合流しフィルム開発で培った強味はデジタルに形をかえて生き残りました。

・デジカメ事業は携帯事業を支援せず
電子映像事業からは携帯電話に組み込む小型カメラモジュールの事業も生まれています。
携帯電話の市場規模はカメラよりも圧倒的に大きく、デジカメの資産を活かして立ち上げた携帯モジュール事業も拡大していきました。しかし携帯モジュール事業も、携帯メーカーからのエスカレートする性能要求や、中国系メーカーとのコスト競争激化で、差別化に苦しむようになります。さらなるデジタルカメラで培った特徴技術を活かした支援が期待されましたが、有効な支援はできませんでした。検討していた人たちもいましたが、デジカメにとって携帯カメラは破壊者であり、デジカメ市場を潰してでも携帯・スマホ市場で実を取るような提案には踏み込めなかったようです。

もう少し協力的でも良いのではないかと思うようなことが、ちょくちょく発生していきます。
今日もどこかの会社で似たようなことが起きているのではないでしょうか。
既存事業が新しい市場に脅威を感じて協力を拒むようになったら、転換期と考えるべきでしょう。

新興市場に望みを託そうとする

改めてフィルムからスマホまでの主役交代劇の概観です。

フィルムは2000年をピークに年率20%以上の縮小をしていき2006年には富士フイルムは構造改革で事業縮小し存続、コダック社は2012年に倒産。
デジタルカメラは2000年から成長しピーク(2008~2010)では年間1億台を越えるが、平均単価も数分の一に下がって$200を下回る様になり、富士フイルムは2013年にコンデジ市場を諦めて高級機に絞り込む。
スマートフォンは2010年のiPhone4でキャズムを越えて拡がり2020年には世界で年間13億台の規模に成長。

フィルムの衰退終盤と、コンデジの衰退終盤、いずれも新興国の市場で販路開拓しようとし、かつ最初は奏功して一時的に事業成績が伸びていたのも興味深い共通点です。

写真文化がまだ根付いていない経済成長中の地域は高価なデジカメやパソコンの前にフィルムに行くだろうと期待をかけますが、デジカメも価格低下が激しくスマホとの競合のなかで$100デジカメを開発してBRICsなど新興国向けに出荷するようになっていきます。新興国では高価なスマートフォンの購買力はないから低価格デジカメが売れると期待します。しかしそれも程なくスマホになってしまいました。

途上国は先進国と同じ発展の道を辿らず、安価で進んだ最新技術を一足飛びに導入することで途中段階を飛び越えてしまうリープフロッギングの影響です。固定電話網がないまま携帯電話が普及します。フィルム写真の文化が広まる前にデジタル写真になり、カメラで写真をとる歴史を飛ばしてカメラ付きスマートフォンが普及します。今や、多くの人が銀行口座すら持てない社会インフラの途上国でモバイル送金・決済サービスが先に普及してしまう(日本よりも普及率が高い)世界です。
まだ市場がなかった途上国が急速に経済発展していくとき、確かに一部の人たちの購買力が上がって一時的に製品が売れますが、すぐにリープフロッギングが起きます。
縮小する既存市場で競争力を失ったものは、新興市場もすぐ同じ状況になってしまいます。

一時的に数字が上がった新興市場で既存事業を継続するシナリオが出てきたら、危険な兆候です。

過去最高の製品が生まれる

市場末期になってそれまでの限界を突破した製品が出てくるのも、多くの人が気付いていることではないでしょうか。

例えば、音楽CDの登場でパッケージ市場からアナログレコードがなくなっていくとき、究極のカートリッジと呼ばれる優れたレコード針がいくつも登場しました。
リバーサルフイルムVelviaは独特の色彩で熱烈な愛好者がいるフィルム(私も愛用してました)で1990年登場からずっとISO感度50(感度が低いので暗い所に弱い)で、デジカメ最盛期直前の2003年にISO感度100のVelviaが登場しています(もっと早く欲しかった)。
撮像素子も写真にはCMOSよりCCDが有利とずっと言われていたのに結局CMOSセンサーが主流ですが、主力製品でCMOSを採用する頃に新技術のCCDセンサーが提案されて方針決定を悩ませたりします。
スマホカメラの攻勢でコンデジ市場の縮小が顕在化した2011年にそれまでとは一線を画す高画質機FinePix X100が生まれました。
一眼レフの枠を超えた一眼レフがキャノン・ニコンから出揃うのとほぼ同じ時期に、ミラーレス市場が一眼レフ市場を追い越しています。

メーカーとしては出し惜しみをしたわけではなく、危機に瀕することでノウハウの集大成のようなフルスイングの製品が生まれてくるところがモノ作りにはあります。

因みに、X100が転機となって翌2012年から始まるミラーレス一眼カメラXシリーズが誕生し、2013年にはスマホへの流れは止められないとしてコンパクトデジカメの縮小を発表、FinePixは防水カメラを残して消滅しましたが、高級機シフトにより事業は存続できました。
追い込まれた既存事業の活路が高級品路線になるのがイノベーションのジレンマのセオリーですが、Xシリーズは方向性もタイミングも良かったようです。

炎が消える寸前に最高の物を世に送り出しながら、そのまま消えていく運命にあるものが多い様に思います。代替品の脅威で追い込まれた市場に、最後に一花咲かすような製品がでてくるときが、主役交代の合図なのかもしれません。


新興市場についてはもはやBRICSの次の次くらいの段階に入っていますが、企業の役職層は自分たちが学生の頃にインプットしたイメージが(私も含めて技術系は特に)強く残っていて、世界観を更新していかないとやばいです。

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まだまだ世界には大きな格差(特に後進国)があると思っていた自分の認識がいかに現状に追いついていないかを、ぶん殴られたくらいに、分からせてくれた一冊でした。

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FACTFULLNESSを読んでいたのに、またもや、ぶん殴られたのがこれ。中国ばかり気になってアフリカが視野に入っていないと10年後に大変なことになりますね。
銀行口座すら普及していないのにスマホが普及する衝撃。

以上

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