デジカメ用ソフトの問合せ率を2年で1/20にするまで

デジカメ用ソフトをCD-ROMで製品に同梱していた時代があります。
パソコン自体がまだトラブルの多かった当時、ソフトに関する問い合わせは少なくありませんでした。
市場拡大で危惧されたサポート負担の改善のためソフト関連の問合せ率を大幅に低減した取り組みのきっかけは、ある出来事で受けたショックでした。
現地、現場に触れることの必要性を考えます。

時代背景

今ではデジタル機器用のソフトウエアはメーカーのWebサイトからダウンロードするのが普通ですが、かつてはCD-ROMに入れて製品に同梱していました。
パソコンはCD-ROMドライブのついたデスクトップ型やラップトップ型が主流でした。
デジカメが登場した当初は、撮影した画像ファイルをパソコンに取り込む安価な方法がなく(もしくは高価なメモリカードリーダが必要だった)、カメラとパソコンをシリアルケーブル(ほどなくUSBケーブルに進化)で接続して専用ソフトでファイル転送をしていました。

ケーブルもソフトも各社仕様が違うため、ケーブルとソフトのCD-ROMと取説を入れた「インタフェースキット」という小箱で1万円弱のアクセサリ商品です。カメラ本体だけ購入しても使えますが、インタフェースキットも一緒に買う人が多く、原価率の低いアクセサリは美味しい商材でもありました。

しかし販売競争が激化すると真っ先にカメラ本体の箱にケーブルとCD-ROMを同梱にしてしまったのが、QV-10で民生デジカメ市場の先頭を切ったカシオです。お客さんにとっては実質値下げなので効果てきめん、あっと言う間に、競合他社もみんな同梱するようになり、インターフェースキットは消滅します。2000年頃にはすでに同梱になっていたと思います。

登場初期はパソコンに詳しくデジタルの知識もある新しいもの好きが買っていたデジカメですが、コスパが良くなって普及してくると、普段あまりパソコンを使わない人たちも、買ったら付いてくるCD-ROMをとりあえずはインストールして何かやってみようと始めます。
かくして、CD-ROMのソフトに関する問い合わせが増え始めて、サポートの工数を圧迫するようになっていったのです。

ドライバがインストールできない

そもそも1990年代後半は、パソコンのOSが16bitから32bitに進化したばかりで動作が不安定だった時代です。スリープしても復帰するとは限らなかったり、数日に一回は再起動せずに使い続けているとハングアップしたりしました。今ではパソコンもスマホも64bitプロセッサーのOSで長期間安定して動作するのが当たり前ですから信じられない感じですが。
Windows98のUSBの互換性も怪しかったですが、OSのせいだけではなくマザーボードのチップセット側も安定したものが出そろうのに歳月を要していました。OSのバージョン、CPUの違い、マザーボードの違いで「相性問題」と呼ばれるものがあって、設計部ではいろんな組み合わせのパソコンを自作して動作検証しておく必要があるなど、大変な状況でした。

さて、USBの機器にはそれぞれ通信プロトコルがあって、それに対応した「ドライバ」というソフトがOSに入っている必要があります。
デジカメもパソコンに接続するにはメーカーごとのドライバが必要で、Windowsでは Plug&Play インストールという方法が標準でした。これは、最初にその機器を接続したときにOSがドライバの場所を聞いてくるので、CD-ROMを入れてドライバを読み込ませるのですが、これが難しくて出来ない人が多発していました。パソコンは決まった使い方しか知らず、デジカメで初めてドライバインストールを経験する人にとっては、ハードルが高かったと思います。
CD-ROMにはインストーラーがあるのですが、アプリケーションはインストールするけれども、ドライバはインストールしないのです。なぜかというと、Microsoft は Plug&Play以外の方法でドライバーをインストールするのは間違った方法であり非推奨としていました。勝手に自己流インストールしたものはいつ動かなくなるか知らないよ、ということです。

技術営業サイドからデジカメ全般のサポート軽減策の相談が来ていたので、サポートから直近の情報を取り寄せてみると、製品に対する問い合わせの20%以上を同梱CDに関するものが占めており、その大半がドライバに起因していました。市場は拡大しており同梱CDは年間数百万枚に迫っています。
Windowsの方も改良されていくでしょうが、このままではまずいことは明らかでした。

※ちなみに、今のデジカメは基本の通信プロトコルが統一されていてOS側に最初からドライバが入っていますので、どのメーカーの製品でもUSBケーブルを接続さえすればよくなっています。

ショックだった返品の山

同梱CDの設計リーダーだった私は、2002年に技術営業のマネージャーと一緒にニューヨークの現地法人へ状況調査に行かせてもらえることになりました。
なぜ米国かというと米国には返品制度があって、使ってみて不満があればすぐ返品できてしまうため、他地域にくらべて圧倒的にペナルティが大きかったからです。
その米国市場は大きなマーケットでコンデジ全盛期の販売比率は、ざっくり、
日本:北米:欧州:その他=1:3:3:3 でした。
(2010年代後半から中国が大きな比率で入ってきて今は様変わりしていると思いますが)

到着早々に事務所で概況説明を受け、ニュージャージーにあるリペアセンターに向かいました。

入庫から出庫までプロセスに沿って何をしているか教えてもらいながら作業現場を回りました。
衝撃的だったのは、天井の高い倉庫の一角に積み上げられた返品商品の箱の山でした。
返品票をいくつか手に取ってみると、ユーザーが返品した理由が書いてあります。
インストールが出来なかった、とか、PCに繋がらない等の旨の事が、短い殴り書きで書いてありました。

いくらMicrosoftの推奨仕様に準拠しているからと言ってみたところで、買ったお客さんが使おうと思ってうまくいかなければ腹を立てて返品する。どうしてもっと早く現実を見ようとしなかったのか。
もちろん製品仕様は私一人が勝手に決めて作っているわけではありません。それでも、この積みあがった箱はすべて私のせいでここにあるのではないか?と思えました。大きな大きなショックでした。

作った当初は問題ではなくても、時代が変わってユーザー層が変っていけば、見直さなければならない。同梱CDは、パソコンに詳しい人を前提にしたのでは、もう通用しない時代になっていました。

正論よりも実用性

仕様がいくら正しくても使えなくては意味がない。Plug&Playなんてクソくらえだ。
とにかくCD-ROMのインストーラーを起動したら、アプリだけでなくドライバも全部入れて、確実に使えるようにしてやる、と決意して帰ってた私は強制的にインストールする方法の検討を指示します。
品質保証部の見解も、正しい仕様で作られていて取説の通りに操作すればインストールできるなら、問題はないとの判断でしたが、設計部から方針変更を提案しました。
技術営業部門からも企画部門に話を入れてもらって、次の企画商品から反映できるよう予算をつけてもらい、仕様変更を実施しました。

それまでは、中身=アプリの機能=活用する人にとっての品質、ばかり気を使ってインストールは軽くみていたところがありましたが、考えてみれば
購入者の数 > インストールする数 > 使ってみる人の数 > 活用する人数
なわけですから、インストールだけして使わない人もいて、いちばん実行する人数が多いインストールこそ細心の注意を払う必要があったのです。

市場在庫には旧商品と新商品が混在していますから、導入した瞬間に効果が出るわけではありませんが、サポートの情報をウォッチすると目に見えて問合せ率が下がっていくのがわかりました。
(Microsoft社の方針も、Plug&Playだけでなく事前にドライバをインストールする方式も可とするようになっていきました。)

他にも対策を行いました。
大手パソコンメーカーの初心者向けパソコンは最初からてんこ盛りにソフトがインストール済みになっていて、購入した時点でそれ以上新しくインストールすると調子が悪くなるようなものまでありました。我々が用意した検証用のWindowsPCでは問題なくインストールして動作しても、市販されているPCの条件は多様過ぎました。
そこでインストーラーがインストール始める前にPCの健康診断をして対処を促すような仕組みを入れました。
また、電話口でオペレータがPCのスペックを質問しても答えられないユーザーが増えたため、聞きたい内容を代わりに調べてユーザーに表示するプログラム(何が表示されたかをオペレータに教えてもらう)を製品CDの空き領域に入れて置いたり、と対策を重ねました。

結果、2年程で問い合わせの20%以上を占めていた同梱CDに関する案件を1%台(約1/20)まで減少させることができたのです。

アンテナを持つ

国内のサポートセンターは府中にありました。
製品のバージョンアップ内容をサポートに伝えて発売に備えるのは技術営業部門で行っていましたが、技術営業の担当Nさんに頼んで、同梱ソフトに大きなバージョンアップを入れたときは私も一緒に行って直接サポートの人たちにプレゼンさせてもらうようにしました。
実際にうまく動かなくてお客に文句を言われるのはサポートの人たちです。苦い思いをしているからこそ直球で質問が飛んできます。グローブなしの素手でボールを受ける感触でした。
そこでのオペレータさんたちの反応から次に問題になりそうな点に気付けるようになりました。

2年後には担当者たちも連れていき直接自分の担当部分を説明させてみました。
質問に対して最初は「仕様ですから」とか「xx方式を採用しています」のような技術回答をしていましたが、そんなことを聞きたいのではなくて、お客にこう聞かれたらどう回答してよいのか?を準備してあげる必要があることが次第に分かってきます。
出来ない、ではなく、出来ないけど代わりにこういう方法があります、とか、今改良を検討しています、とか、自分がクレーム電話の受け手だったらどうするかを考えるようになります。そしてそれは後からではなく、設計するときに考える必要があるのです。
不思議なもので、私が設計の打合せでいくら、それではサポートできないよ?と教えても鈍かった反応が、自分で痛みを感じで帰ってくると、課題に気付けるようになっていきました。

実は米国市場だけを見て方式を変えたのはリスキーでした。
後年、機能が増えすぎて使いづらくなったViewerソフトの状況を各国現法通じでユーザー調査してもらったら、上手く使えないのは製品が悪いと考える傾向のアメリカ人に対し、マニュアルをよく読んで使いこなすべきと自責的に考える傾向のドイツ人など、興味深い国民性の違いがありました。
もっと全体をみて冷静に進めるべきだったかもしれません。

大事にすべきこと

データ万能の時代になっています。機器も単品ではなくネットでつないだサービス設計に変ってきています。当然20年前よりも素早く定量的に問題をつかめるでしょう。
ただ、把握するだけで実際に痛みを感じることがなければ、心底それをなんとかしようというモチベーションは湧いてきづらいですし、いいアイディアも出てこないと思います。

ユーザー以外にも関わっている多くの人たちがいます。
現地、現場に身を置いてそこで起きていることに触れて痛みを感じることも大事ではないでしょうか。

以上

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です